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開催日 2016年11月20日(日)
コース名 日田往還 博多から水城東門を歩く


朝8時博多の呉服町バス停(大島眼科前)に25名集合、歩くには絶好の曇り空、正にウオーキング日和となりました。呉服町から福岡市埋蔵文化財センターは当会員の嘉村さんがガイドです。金屋小路・北船 魚町と名の通り職人商人の街が続く。東町から魚町に向かう入り江が入っていたので魚町となずけられた地名が残っている。
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博多千年門
博多を訪れた人を歴史的文化財が多く残る寺町エリアへ導くウエルカムロードとして平成26年3月完成。博多と大宰府を結ぶ官道があり博多側の入り口として辻堂口門と呼ばれていた門が存在していた。博多千年門の書は太宰府天満宮の西高辻宮司のもので樹齢千年の樟は天満宮のご神木が使われています。
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聖福寺
栄西が1195年建立した日本最初の臨済禅宗の禅窟。

東長寺
弘法大師創建の日本最古の零場 黒田家墓所・福岡大仏・五重塔などの見所。

妙楽寺
開山は月堂宗規・博多商人とも関係が深く貿易の一大拠点神屋宗湛の墓あり。

承天寺
聖一国師が開山し山笠。うどん・そば・博多織の発祥の地として知られる。

板付遺跡
縄文時代後期から弥生時代後期を中心とする遺跡 竪穴式住居・水田が復元されている。弥生時代初期の水田発見はこの板付遺跡が日本で初めてのことで縄文水田と言われている弥生時代を実感できる史跡公園として整備されている。
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弥生館で詳しく説明をしていただきました。
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福岡市埋蔵文化財センター
バックヤードには弥生時代の甕棺約1600基保管。特別収蔵庫では保存処理部門では木器保存処理として木片・金属を24度湿度60%に保つ部屋で保存 保存処理部門では木器保存処理室があり木器は保存処理を待つ間乾燥しないように巨大なプールで水中保存されています。

展示室では奴国が存在したとされる弥生時代と中世博多の出土品が展示されている。
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会議室を昼食に使わせていただき午前中の疲れをとることができました。

午後からは大野城市ふるさと文化財課の林さんに大野城の古代官道沿いを説明していただきました。

木造聖観音立像
室町時代に造られた県指定有形文化財。

旅篭いろはや跡
宿場の面影を残していた旅籠周辺の旅籠(7軒)の中でも一級の建物出会ったと云う。昭和49年取り壊し。

雑餉隈遺跡
弥生時代から江戸時代の複合遺跡、特に江戸時代の磁器(有田焼 伊万里焼)が大量に出土した。中でも輸出用(ヨーロッパ向け)の皿が出土し注目される。

郡境界標
御笠郡と那珂郡の境界石1817年設置、実物は大野城市歴史資料展示室に展示。

お茶屋跡
大名が参勤交代の際に休息した場所、現在は駐車場となっているが門柱に面影が残る。
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春日原停留所・運動場之碑
大正13年(1924年)に開通した九州鉄道の春日原停留所に向かう起点。駅付近は原野を切り開き野球場・運動場・テニスコートなどが造られていた。
     
筒井の井戸
旧筒井村の共同井戸、貝原益軒の筑前国続風土記にも記載がある。村中に筒井として清水あり。木の筒を以て井韓とす。是故に村の名をも筒井と言う也.其水極めて清冽にして大旱といえども枯れず常に筒の上に湧き上がる.只冬至の夜許水出でず云とある。
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新川(運河)
日田街道の西側に沿うように造られた運河跡、福岡藩が年貢米輸送のため1750年開通させたが10年で運行停止となった。昭和62年新川緑地公園として整備された。

石ケ町
新川と牛頸川の接点。蹄鉄屋やうどん屋、駄菓子屋などあり、街道を行きかう人がの多くが休息をとった。

消防ポンプ格納庫
大正時代末期に造られた消防ポンプ格納庫。


午後4時過ぎ水城跡に到着。井上さんに水城跡の説明をして頂きました。
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最後に次回のコース設定の為に参加の皆様にアンケートを記入していただき8時間に及ぶ日田往還博多から水城東門を歩くのコースも終了しました。皆様のご協力有難うました。」
ガイドをお願いした嘉村さん、大野城の林さん、井上さん、板付遺跡弥生館 福岡市埋蔵文化財センターの皆さま及びサポートしてくれた歩かんね太宰府の皆さま有難うました。

NPO法人歩かんね太宰府事務局 最上賢二
開催日 2016年11月6日(日)
コース名 歴史の散歩道(水城跡~政庁跡)


お客様8名、当方スタッフ4名、快晴の中定刻に西鉄都府楼前駅に集合。
朝の挨拶代わりに、コースの概略説明と同時に「歩かんね太宰府」が無事故で10年目を迎えたお礼とその丸9年の歴史の中で計750回開催し、
9600名のお客様を迎える光栄に浴している旨、感謝の言葉を披露しました。
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併せて「日本遺産」について、福岡県内で唯一の指定をこの「太宰府」が受け、今日はその内5か所を実地に検分出来、且つこの水城から天満宮までの「歴史の散歩道」の周辺は古都大宰府が誇る代表的な史跡が存在し、初めての方には是非お薦めしたいコースです。
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集合後、宰府詣り「一の鳥居」のある関屋に向かい、鳥居・道標について詳しい説明を行いました。
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次に、一昨年「太宰府市民遺産」になった「刈萱の関跡」に案内、ここでは「刈萱道心石堂丸」の悲話を紙芝居要領で披露、皆様の感涙??を誘った事と信じつつ・・・
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本コースの北端となる「水城跡」まで少々汗をかきますが国道を歩き、途中「十三仏」「宝満隠し」「稲子地蔵」の伝承をユーモアたっぷりに前田さんが説明、一同すっかり仲良くなった様です。
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次は本コースのハイライトである「水城跡」、解説は今回初めての井上万寿美さんが担当しました。
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当時の倭国・東アジア情勢の中で、663年の「白村江戦」を位置づけ、築造の目的・工法・規模など、内容もしっかり纏まっており、何よりマイクの使い方が上手くお客様の評価も上々でした。
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次に「旅人の万葉歌碑」から「衣掛神社」を廻りました。
この水城東門付近は当時の官人達の大宰府への出入り口であり、彼等の歓迎・別れの場面があったところで、残されている歌碑は大伴旅人を都に送る場面の歌です。
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次に一昨年、全国を驚かせた戸籍木簡が出土した「国分松本遺跡」を案内しました。
一昨年、全国を驚かせた「戸籍木簡」が発掘された場所で、現在はマンションの下に埋まっています。これが動機でこの上流に未発見の「筑前国府(福岡県庁?)」があったのでは?・・・との説が生まれています。
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以降「筑前国分寺跡」の解説後、「文化ふれあい館」で小休止、最終の「大宰府政庁跡」へ。
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丁度午後から「フルートとピアノのコンサート」が予定されており、その準備に大忙しの状態でした。フルートの岡田庸支子さんは以前岩崎記代子記念館でお世話になった方であり、当然午後コンサートを聞きに来る約束をさせて頂きました。

最後は政庁正殿跡に立ち、当時の風水都市の中核にいる「大宰帥」の気分を味わいました。
当地は奈良・京都の「本社?」に対する「九州支社跡」であり、九州全体の行政を司っていた場所です。四王子山から湧き上がってくる霊気を、全員正殿に立ち身体全体で深呼吸、更なる英気を養って頂き、今日の最終としました。
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今日は格好の日和に恵まれ、適当な散歩になったのでは・・・と当方感じていますが、ご参加の皆さん、如何だったでしょうか?本当にご苦労様でした。


ボランティアガイ:市川舜一記
同行:河辺昌美・前田米蔵・井上万寿美の各氏





 
開催日 2016年10月21日(金)
コース名 九博のバックヤードと天開稲荷社・光明寺・伝衣塔

10月21日 曇り一時小雨模様、集合場所の西鉄太宰府駅にはお客様12名と歩かんね太宰府サポーター3名、計15名が集合。
参加者は福岡市からの2名を含む筑紫野市4名、太宰府市6名の方々です。
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駅前と参道の歴史の案内では、江戸時代中頃製作された「古地図絵」にて松屋「維新の庵」を中心に当時の旧旅館街を説明、大変興味をもたれました。
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国博通り~秋月藩絵師斎藤秋圃旧宅地跡~光明寺に到る。
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藍染川という美しい名前がついている川で京女梅壷の伝承があります。玉垣に囲まれた中は梅壷侍従蘇生の碑です。
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次の案内地は光明寺。庭園の美しさで知られる臨済宗の禅寺です。前庭は三・五・七の十五の石で”光”の字に配石された九州で唯一の石庭。
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天満宮末社の天開稲荷社。九州では最も歴史のある稲荷社で古い時代から多くの方々の参拝と崇敬を集めています。
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参加の方は、十二鈴参りと正式手水の作法で運が開け、個々の願いが成就するよう参拝されました。
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天開稲荷社境内で集めたいろいろの「松ぼっくり」です。
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最後は天満宮社殿の裏側から「菅公聖廟」対し、仏式作法による参拝をいたしました。
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ボランティアガイド 山崎 記
開催日 2016年10月16日(日)
コース名 岩崎紀代子さんと川柳カフェ


朝から小雨模様の天気でしたが出発する時間には雨も上がりました。
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観世音寺と戒壇院を回り
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岩崎記代子記念館で川柳を楽しみ、更に特別企画として岡田さん親子のフルート・ピアノ演奏も開催されました。曲目はピアノ演奏はリストの愛の夢 ピアノとフルートの演奏では葉加瀬太郎の情熱大陸を楽しませて頂きました。
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参加者は17名でしたが街歩きあり、川柳を楽しみフルートとピアノの演奏、マッタケのはいった芋煮会まで 盛りだくさんのイベントがあり最後に全員でふるさとを歌って散会しました。
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岩崎先生をはじめ皆さんに大変お世話になりありがとうございました。

川柳作品は下記の通りです。先生から全員に賞品を贈呈されました。

阿蘇の灰 人の小ささ 思い知り
人の世は 嘘で固めて うまくいき
入院を 水杯で 家を出る
万歩計 買ったはいいが 棚の上
定年後 家の中でも 戦力外
岩崎宅 怖さしらずに 書く川柳
知らぬ事 ばかりで威張り 生きている
修行なり 下り坂での 庭いじり
親切も たび重なれば おせっかい
小池知事 目に見えぬ悪 はがせるか
歌姫の 元気もらって もう人肌
お医者さん パソコン見ずに 患者見て
先生は言いよるよ 脳からはみ出した 顔のしわ
喫煙者 肩身の狭い 昨今だ
我が主治医 忘れてませんか 触診を
歩かんね 雨にも負けず 歴史好き

[歩かんね太宰府事務局] 最上賢二
開催日 2016年10月10日(祝日)
コース名 天満宮周辺のパワースポット


 太宰府天満宮は現在学問の神様として全国的に有名ですが、本殿そのものは菅原道真公のお墓が出発点であり強力なパワースポットです。今回のコースは、敢えて「天満宮周辺」に的を絞り、普段はあまり訪れることの少ないところに焦点を当ててみました。
パワースポットという表現は清田益章氏(*)による和製英語です。英語圏で実際に用いられている例もありますが、日本の影響と思われる。

(*)清田益章:芸名 エスパー清田
1970年代ユリ・ゲラーが評判に話題になった時に、全国的に見出された、いわゆる「超能力少年・女」たちの一人。彼らのほとんどがトリックを暴かれるなどして姿を消していった中で、現在でも彼一人だけが、何らかの形で(その機会はきわめて少ないが・・)メディア出演している。

まずのスポットは光明禅寺の隣接地です。通常はこのエリアでは藍染川の「梅壺侍従蘇生の碑」と「伝衣塔」を説明するエリアですが、それに加えて「御霊大明神」と「千八稲荷」を取り上げてみました。

〇藍染川の「梅壺侍従蘇生の碑」
平安時代には後撰和歌集、伊勢物語などに筑紫なる染川として詠まれている川。また鎌倉時代の女性・梅壺の悲しい恋物語の謡曲「藍染川」の舞台となった場所。
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〇伝衣塔
「天神様が禅の奥義を極めるため一夜のうちに宋に渡り、仏鑑禅師に教えを受けて忽ち悟りを開かれた」という伝説を伝える石塔。
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〇御霊大明神
いつの時代からか、何様を祀るのか知る人もいないのに、馬場地区の人は「ごうれいどん」といって大切にお祀りしています。
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〇千八稲荷
伏見稲荷の祭神を、「稲荷勧請」によって分祠された神社。正式な由緒(時代、だれが、どうして)は不明。
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〇定遠館跡
天満宮の神職であり衆議院議員であった小野隆助が日清戦争で沈没した清国北洋艦隊の旗艦「定遠」を 大本営から許可を得て引き揚げ、艦材にて作った記念館跡。下写真は「定遠」のオールを利用した床下の梁。
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〇大国神社
日本神話の神様「大国主命」と外国の仏様「大黒天」が合祀され、現在我々に親しみ深い「ダイコク様」として祀られている神社。五穀豊穣・災難除け・商売繁栄の神として信仰されています。
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〇太郎左近社
「たろしゃくさま」と呼ばれ、病気平癒の神様として親しまれています。古図によれば天満宮参道の近くにあり、室町以降この地に移されました。奉納されている手形などで患部を撫でお参りをします。
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〇石穴神社
地元の人に「石穴さま」として親しまれている稲荷神社です。菅原道真公に縁ある伝説も伝わっています。奥の院にはもう一柱の「石穴さま」もいらっしゃるとか・・
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〇相輪橖
天台宗の大寺であった安楽寺の唯一の現存物。寺院の塔の屋上にある相輪の部分を地上に立てて塔の代用にしたもの。
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〇本殿東側 摂社・末社群
本殿東側の上段には10の摂社・末社が祀られています。天満宮近くにお住いの古老の方のお話では、子供のころの遊び場だったということです。
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〇誠の滝
10m程の高さから二段になって落ちる人工の滝。天神さまの「誠」にかけて命名されました。
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〇天開稲荷
鎌倉時代末期に京都伏見稲荷大社からの御分霊を宮司邸の邸内社として勧請し、その後現在の地に遷されました。九州では最も歴史ある稲荷神社の一つです。神社の裏手には「奥ノ院」も鎮座しております。
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〇観音堂跡
安楽寺天満宮の仏閣としての観音堂が祭られていた場所。多くの仏像類が放置されている。観音様は現在、五条の西正寺でお祀りされている。
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〇お石茶屋
大正~昭和初め、お石茶屋の江崎イシは美人でかつ男勝りのきっぷで評判となり「お石しゃん」と親しまれ、地元のみならず、多くの有名人がこの茶屋を訪れました。私たちもしばらく休息し梅ケ枝餅をいただきました。美味しかったです。
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〇お石トンネル
「お石しゃん」が遠回りをせずに、自宅から茶店に通えるようにとの心遣いで、筑豊の石炭王麻生太吉がプレゼントしたといわれています。
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〇野見宿祢公碑
『日本書紀』に登場する相撲の神様。菅原道真公の祖先。宮中に仕え天皇の葬儀を司る。殉死にかえて初めて埴輪を採用した人ともいわれています。
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〇本殿裏(北側)摂社群
太宰府天満宮の本殿のすぐ裏手に、菅原道真公の子息四人をお祀りしてあります。
道真公恩師、島田忠臣公を祀る福部社もあります。この島田忠臣公の娘が道真公の奥さん 宣来子(のぶきこ)です。
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〇神馬・白梅号
神々の乗用に供するために神社に奉納された馬。特に白馬の背には神が宿るといわれ、白馬が奉納されることが多いようです。今回は別の場所でお休みの様で不在でした。
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今回実施したアンケートには
 めったに行かないところへ訪問できた喜びや、新しいコースを広げたことに対するお礼などが多く寄せられており、案内した我々一同も胸をなでおろしております。

[ボランティアガイド]石橋、斉藤、杉谷、神吉、井上  
[文責]石橋