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11月9日(日) 太宰府の隠れた伝説・伝承を訪ねて

このコースは、西鉄太宰府駅から馬場、連歌屋を通り三条まで行き、伝衣塔まで戻ってどんかん道を通り、隈麿公奥都城を通って冨永朝堂アトリエに至るコースです。その間、路端の石碑やお地蔵さんなどを訪ねむかしの太宰府の民族風習を感じ取って頂こうと考えたコースです。
当日は、昨夜からの小ぶりの雨もやまずコースを走らすべきかどうか悩ましい状況でしたが、集合時刻の9時には雨もあがりお客さんも半分は集まっておられる状況でした。天気は回復に向かうとの状況でしたのでまずは出発となりました。
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さっそく馬場通りめぐり、江戸末期から明治初めの馬場の状況を思案してもらいました。ここでは、参道を挟んで両側の旅籠屋の二階の窓からこっそりと相手の動きを見張る状況が続いていました。
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小鳥居小路に入ると恵比寿神があり、七とこ巡りの風習が現在も続いていることに感深いものを感じました。
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岩踏橋のたもとに至ると橋の橋柱に藤原為頼(ためより)の「うみ山を夕越来れは御笠なる石踏川に駒なつぬなり」 の歌が刻んであるのを目にしました。平安時代にこの川を越えた人がいたことと、ここら一帯の風景が素晴らしかった昔の面影を偲んだ次第です。水量も昔は多かったのでしょう。どんかん道である大町通りの家並にはいくらか明治時代をしのばせる家屋が散在していました。金掛天神ではわが身にも菅神が現れるように願をかけて、全員で古川家の神木をさすりました。
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隈麿公奥都城では昔からこのお墓が護られてきたことに大きな感慨を覚えましたが、同時に現在では、お墓の維持管理ができずこの地区の住民が大宰府市民遺産の手続きをとって住民が管理しているとの事でした。これで小さな遺産も永遠に続けられることは大きな喜びですね。長い間このお墓を見守ってきた方ご苦労様でした。最後に冨永朝堂アトリエで朝堂さんの親族からお話を伺いながら日本の代表作を目にし、日展に出品するにはどれだけの能力と苦労が必要であるかを実感した次第です。
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ボランティアガイド:前田米蔵