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2014年 10月 31日 ( 1 )

2014.10.19(日) 特別コース 「水城1350ウォーク」

「太宰府羅城」の一角「水城堤」、日本書紀によれば今年は築堤1350年にあたります。そこで太宰府市は記念事業の一つとして、今日を「1350水城day」と称し、現地の走破と「文化ふれあい館」で関連出土品を展示する企画をしました。我々「歩かんね太宰府」はそのお手伝いをする形で参加した次第です。
さて、当日は紺碧の秋空のもと、総勢200名近いお客様を集め、早朝より開催されました。
我々の担当は一般のお客様85名を、「水城ふるさと公園」から「文化ふれあい館」まで、約3km弱を引率、道中各スポットで解説しながら案内する事です。そこでお客様を20名前後の4班に分けて頂き、計13名のスタッフで対応することにしました。
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まずスタートの「ふるさと公園」では、お客様に市文化財課からのご挨拶と、簡単なコースオリエンテーションを行い、最初のスポットに進みました。  
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ここだけしか見られない水城堤の断面、「水城切通し」です。
大正初期、鉄道の拡幅工事期に水城の切断部分が初めて当時の学者の目に触れ、急遽観察研究対象になった貴重な水城断面です。
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水城の森は自然植物の宝庫でもあります。ここでは「薊の会」他周辺地域の皆様が、生息している各種植物の実物を展示され、短時間ですが詳しい説明をして頂きました。日頃から「水城の自然」を愛する人々の気持が皆様に充分伝わった様で、更に色々な質問が飛んでいました。
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例年この時期には、水城欠堤部に「コスモス」が群生し、色とりどりの花を咲かせ人々に美しい花の季節を伝えていましたが、今年は8月の集中豪雨の為、種の植え付けが不調でチラホラだったのが残念でした。
又、欠堤部で最近鬼瓦が出土、当時御笠川には屋根のある水門あり、ここが水路での都府楼への通過点だったのでは?、の説が出ています。
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水城は博多側に外堀が配置され、水が貯えられていた為に付いた名前の様です。木樋は木で作られた導管であり、太宰府側から外堀に水を供給していたのが木樋です。写真の様な長方形の断面をもった木樋が水城1.2kmに4か所あった様です。この木片は九博或いは九歴に展示されています。
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水城には2か所の入り口があり、ここは東門になります。平安時代、大宰府の長官であった「大伴旅人」が都に帰任する折、彼を見送る人々との別れを惜しんだ場所として有名で、「万葉集」に歌が残っています。
今日は「太宰府万葉の会」の皆さんが、当時の衣装で我々を歓迎してくれました。皆さん「万葉集」にどっぷりの方ばかり、「筑紫歌壇」はこの方々抜きには語れません。
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「衣掛神社」を過ぎると、一昨年全国を騒がせた「戸籍木簡出土地」に来ました。ここは当時直接発掘に関与された「市文化財課」の方が待っておられ、当時の様子をユーモアを交え、お話ししてくれました。
関東でも大手新聞紙上の一面で報道された程の第一級の考古学的発見物だったとの事です。
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ゴールの「文化ふれあい館」では既に今日の催しが準備完了しており、我々の到着を待っている様子でした。
ここで市文化財課から我々に対し、慰労とお礼のセレモニーが玄関脇であり、今日の活動を終了しました。
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お蔭様で何の事故もなく、お客様もほぼご満足頂いた様子、市関係者のご協力の賜物と感謝した次第。
終日、抜けるような青空のもと、ホント気持ちの良い汗をかきました。我々も1350年前に戻り、水城築造時の苦労とその後の水城の歴史を想いながら、あと「ふれあい館」の催しに参加させて頂きました。


2014.10.19 
「歩かんね太宰府」市川舜一記