コースNo.22 日田往還 博多から水城東門を歩く

開催日 2016年11月20日(日)
コース名 日田往還 博多から水城東門を歩く


朝8時博多の呉服町バス停(大島眼科前)に25名集合、歩くには絶好の曇り空、正にウオーキング日和となりました。呉服町から福岡市埋蔵文化財センターは当会員の嘉村さんがガイドです。金屋小路・北船 魚町と名の通り職人商人の街が続く。東町から魚町に向かう入り江が入っていたので魚町となずけられた地名が残っている。
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博多千年門
博多を訪れた人を歴史的文化財が多く残る寺町エリアへ導くウエルカムロードとして平成26年3月完成。博多と大宰府を結ぶ官道があり博多側の入り口として辻堂口門と呼ばれていた門が存在していた。博多千年門の書は太宰府天満宮の西高辻宮司のもので樹齢千年の樟は天満宮のご神木が使われています。
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聖福寺
栄西が1195年建立した日本最初の臨済禅宗の禅窟。

東長寺
弘法大師創建の日本最古の零場 黒田家墓所・福岡大仏・五重塔などの見所。

妙楽寺
開山は月堂宗規・博多商人とも関係が深く貿易の一大拠点神屋宗湛の墓あり。

承天寺
聖一国師が開山し山笠。うどん・そば・博多織の発祥の地として知られる。

板付遺跡
縄文時代後期から弥生時代後期を中心とする遺跡 竪穴式住居・水田が復元されている。弥生時代初期の水田発見はこの板付遺跡が日本で初めてのことで縄文水田と言われている弥生時代を実感できる史跡公園として整備されている。
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弥生館で詳しく説明をしていただきました。
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福岡市埋蔵文化財センター
バックヤードには弥生時代の甕棺約1600基保管。特別収蔵庫では保存処理部門では木器保存処理として木片・金属を24度湿度60%に保つ部屋で保存 保存処理部門では木器保存処理室があり木器は保存処理を待つ間乾燥しないように巨大なプールで水中保存されています。

展示室では奴国が存在したとされる弥生時代と中世博多の出土品が展示されている。
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会議室を昼食に使わせていただき午前中の疲れをとることができました。

午後からは大野城市ふるさと文化財課の林さんに大野城の古代官道沿いを説明していただきました。

木造聖観音立像
室町時代に造られた県指定有形文化財。

旅篭いろはや跡
宿場の面影を残していた旅籠周辺の旅籠(7軒)の中でも一級の建物出会ったと云う。昭和49年取り壊し。

雑餉隈遺跡
弥生時代から江戸時代の複合遺跡、特に江戸時代の磁器(有田焼 伊万里焼)が大量に出土した。中でも輸出用(ヨーロッパ向け)の皿が出土し注目される。

郡境界標
御笠郡と那珂郡の境界石1817年設置、実物は大野城市歴史資料展示室に展示。

お茶屋跡
大名が参勤交代の際に休息した場所、現在は駐車場となっているが門柱に面影が残る。
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春日原停留所・運動場之碑
大正13年(1924年)に開通した九州鉄道の春日原停留所に向かう起点。駅付近は原野を切り開き野球場・運動場・テニスコートなどが造られていた。
     
筒井の井戸
旧筒井村の共同井戸、貝原益軒の筑前国続風土記にも記載がある。村中に筒井として清水あり。木の筒を以て井韓とす。是故に村の名をも筒井と言う也.其水極めて清冽にして大旱といえども枯れず常に筒の上に湧き上がる.只冬至の夜許水出でず云とある。
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新川(運河)
日田街道の西側に沿うように造られた運河跡、福岡藩が年貢米輸送のため1750年開通させたが10年で運行停止となった。昭和62年新川緑地公園として整備された。

石ケ町
新川と牛頸川の接点。蹄鉄屋やうどん屋、駄菓子屋などあり、街道を行きかう人がの多くが休息をとった。

消防ポンプ格納庫
大正時代末期に造られた消防ポンプ格納庫。


午後4時過ぎ水城跡に到着。井上さんに水城跡の説明をして頂きました。
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最後に次回のコース設定の為に参加の皆様にアンケートを記入していただき8時間に及ぶ日田往還博多から水城東門を歩くのコースも終了しました。皆様のご協力有難うました。」
ガイドをお願いした嘉村さん、大野城の林さん、井上さん、板付遺跡弥生館 福岡市埋蔵文化財センターの皆さま及びサポートしてくれた歩かんね太宰府の皆さま有難うました。

NPO法人歩かんね太宰府事務局 最上賢二
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