コースNo.14 管公の流謫の地榎社を訪ねて

開催日:2015年11月7日(土) 

榎社から古代寺院般若寺へと向かう道は伝説の宝庫です。菅公の漢詩「九月七日」を詠んでその心情に触れます。

①榎社
太宰府に左遷された菅原道真公が滞在されたと伝えられる太宰府南館の跡
現在ご神幸祭(毎年9月25日)には、道真公の御霊はここに下られて、泊まられます。境内には幕末の石碑や、梅ヶ枝餅の起源で知られる浄妙尼の祠が有ります。
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②隈麿公奥都城(くままろこうおくつき)
道真公が左遷されたとき、幼子の隈麿・紅姫だけが大宰府への同行を許されました。翌年
隈麿が亡くなったときは大変悲しまれて、館から見えるこの丘に墓を建てられました。悲しみを詠んだ道真公の漢詩「秋夜」の碑が入口階段の脇に建っています
奥津城とは神道で墓のこと
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③紅姫の供養塔
道真公の死後の紅姫の足取りはふめいですが、四国の土佐にいる道真公の長男の大学頭・高見卿のもとへいったとも伝えられています。
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④高橋紹運首塚
5万余の島津藩に760余名で岩屋城に戦い玉砕した高橋紹運の首実験をしたところ島津藩がその首を丁重に葬ったのがこの首塚です
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⑤般若寺七重石塔
般若寺跡に建つ石塔で七重の石塔です.1階の台石部分に金剛界の四仏,アク,ウーン、ターラ、キリークの梵字が刻んであります。これは密教の影響を示しています。字の彫り方と屋根の作り方から鎌倉時代半ば過ぎの建立と推定されています。太宰府で一番古い層塔です。高さ3、3m有ります
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⑥般若寺跡
瓦積みの基壇や塔の心礎、瓦などが出土し大きな寺があったことがわかっています。曽我日向(そがのひむか)の建てた般若寺と推定される「塔原廃寺」がのちここに移ったであろうという説が有力です・礎石と案内板が有ります。

山本さんの名調子を堪能しながら楽しい一日をすごしました。

[歩かんね大宰府事務局長:最上]


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