水城1350年記念ウォークをもう一度

昨年実施した水城築造1350年記念コースを今年もう一度実施しました。
コースはJR水城駅そばの水城公園に集合し水城切通しから西堤を欠提部(御笠川)まで歩き、御笠川を渡って東堤を水城東門跡まで歩き、さらに終点の大宰府文化ふれあい館まで歩く約6㎞のコースです。
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水城は664年に築造されたと日本書紀に記載がある国指定特別史跡です。二日市地峡帯に設置され、延長1.2㎞最大幅80m、最大高さ10mの土塁です。1651年前唐、新羅の進攻に備えて造られたと言われています。上成土塁(底幅20m 高さ8~10m)、下成土塁(幅80m)、外堀(幅60m)、内堀(幅4~10m)、東門、西門、木樋により構成されています。木樋とは内堀と外堀をつなぐ地下水路で木製箱型樋(幅1.2m、高さ80cm)が土塁の下に80mにわたって埋まっていました。
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西堤部は、鉄道を通すために一部が明治22年に開削され、さらに大正2年に複線化のために拡幅されました。切通し部と呼びます。拡幅の時、東大教授が調査に訪れ、断面のスケッチを助手に描かせました。今も重要な資料となっています。
当日は最高に晴れ渡り、太陽が高くなるに連れて気温がうなぎ上りになり、汗を拭きながらのウォーキングとなりました。
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お客様は9人男性2人女性7人参加して頂きました。歩かんねからは世話役を含めて5人が参加しました。
まず切通し部を案内した後、西堤の木樋跡に行きました。この部分の木樋の板材は過去の時代に抜き取られ調査では発見されませんでしたが取水口の跡が見つかっています。土塁の天端部分が周りより低くなっていることから其の事が分かります。
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御笠川の部分は土塁がつながって無かったと結論付され、欠堤部と言われています。川の部分は洗堰であったとか或いは鬼瓦が発見されていることから何らかの構造物があったとか言われていますがまだはっきりしません。東門の付近では木樋が発見され、土塁の下を通る縦樋と取水口と思われる横樋が発掘調査で見つかったと報告されています。水城の案内は林さんがしました。
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北門から国分寺跡、松本遺跡を巡った後太宰府ふれあい館に行きました。特に松本遺跡では、最古級の戸籍木簡が発見され全国紙のトップで報じられるなど話題になった遺跡です。東門からふれあい館までの案内は前田さんにお願いしました。
ふれあい館には12時前につきました。皆さんまだ暑さに慣れない中お疲れ様でした。
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ボランティアガイド:河辺
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水城跡の草花でポストカードをつくる

開催日 2015.4.21/4.30

水城跡の歴史と草花を見ながら散策し、最後にしおりなどをつくるコースで3回あり、2回終了しました 参加者はほとんど女性で、ガイドの方がご主人と一緒に事前につくった押し花(水城跡に咲いている草花)をしおり等に仕上げる作業も楽しみました。その時の写真です。
参加者の中で、押し花の作り方を教えてくださいとガイドさんに質問した方もあり、2回とも晴天でいい汗をかいた半日でした。次回は、5月20日です。お待ちっしています。

ハハコグサ
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スイカズラ
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押し花を選んでピンセットで配置を決める
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しおり用に作成したものをラミネートにしている
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しおり完成
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ボランティアガイド:冨永
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2015.4.30 「水城跡~観世音寺」

今回は急遽申込みのあった 愛知県にお住いの歯医者さん4名様の為に特別に設けたコースです。
時間の制約もあり、太宰府の有名スポットを駆け足で回るコースでしたが、皆さんゴルフで鍛えた体力で観世音寺まで堂々の3時間でした。 博多からの高速バスで政庁前下車集合後、水城跡・文化ふれあい館・政庁跡・観世音寺・同宝蔵も見学、最後は「観音」で昼食と懇談、ここで解散しました。お客様はあと天満宮・九博に向かわれましたが、なかにお一人だけ古代史に造詣の深いK氏がおられ、太宰府はその創立時から唐・新羅・百済との関係が深く、道中の史跡談義には当方も充分楽しませて頂きました。以下各スポットでのスナップです。

・「水城跡」では、当時の倭国・東アジア情勢の概要説明の中で、663年の「白村江戦」を位置づけ、築造の目的・規模など解説。
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・「太宰府市文化ふれあい館」では、屋上から水城の全景と周辺の眺望は最高でした。
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・「政庁跡」は正殿に立ち、当時唐との戦に敗れた倭国の状況から本史跡を説明、「蔵司」「月山」を「3本の顕彰碑」を実感して頂き、最後は全員正殿に立ち四王寺山からの霊気を、身体全体で深呼吸、更なる英気を養って頂きました。
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・「観世音寺と戒壇院」、生憎「金堂」が修理中でしたが、「宝蔵」を拝観、中の仏像はいずれも驚嘆の作品、皆さん大いに楽しまれた様子でした。
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・最後は観世音寺前にあるレストラン「観音(カノン)」で昼食、ここで交流となり後解散しました。
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なかでもK氏はご自分のHPも持っておられ、愛知県にあって九州福岡地区の古代史の自説をブログに発表しておられる由、いやはやたいしたお客様で?あとで冷や汗をかいた次第でした。

正に駆け足での「太宰府探訪!」でしたが、皆さんの感謝の言葉に当方も満足の一日でした。

ボランティアガイド 最上・市川記
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開催日 2015.4.25
コースNo.09 「築造1350年基肄城のすべてをウォーキング」 8時間 14km
集合 8:30 JR基山駅/解散 JR 原田駅

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基肄城は、大野城と同時期に造られた朝鮮式山城です。
目玉は南側に位置する巨大な水門跡で古墳の羨道とよく似ています。
山頂は360度パノラマの眺望があり絶景です。
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2015.4.25のコースアルバムはこちらから

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コースNo.05 歴史の散歩道(水城跡~政庁跡)
開催日 2015.4.26

大宰府は7世紀に出来た人工の都市であると言われ、以降平安末期まで九州の中心「遠の朝廷」として栄えました。その痕跡を道中に眺め楽しみながら歩く、太宰府の定番コースです。

今日はお客様16名、スタッフ4名で、本当に暑い位の春の陽気のなか、元気にスタートしました。

集合後、宰府詣り「一の鳥居」のある関屋に向かい、鳥居・道標について詳しい説明を行いました。

次に、昨年「太宰府市民遺産」になった「刈萱の関跡」を案内、ここでは「刈萱道心石堂丸」の悲話を紙芝居要領で披露、皆様の感涙??を誘った事と信じつつ・・・
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本コースの北端となる「水城跡」まで少々汗をかきますが国道を歩き、途中「宝満隠し」「稲子地蔵」の伝承をユーモアを交えながら説明、一同すっかり仲良くなった様です。

本コースのハイライトである「水城跡」では、当時の倭国・東アジア情勢の概要説明の中で、663年の「白村江戦」を位置づけ、築造の目的・規模など解説、「旅人の万葉歌碑」から「衣掛神社」を廻りました。
このコースには史跡が連続して残されており、道中の解説説明する対象には事欠きません。
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次に一昨年、全国を驚かせた戸籍木簡が出土した「国分松本遺跡」を案内しました。前田さん自製の模型品での説明に一同大笑い・・・
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以降「筑前国分寺跡」の解説後、「文化ふれあい館」で小休止、最終の「大宰府政庁跡」へ。

政庁正殿に立ち、「蔵司」「月山」を「3本の顕彰碑」解説。最後は四王子山から湧き上がってくる霊気を、全員正殿に立ち身体全体で深呼吸、更なる英気を養って頂き、今日の最終としました。
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お客様の中に「飯塚市歴史資料館」ボランティアの方が6名も参加され、道中同じ活動仲間としての厳しいご質問等ありましたが、最後は飯塚で再会しよう・・・で意気投合しました。

ご参加の皆さん、暑い中を本当にご苦労様でした。

ボランティアガイド 市川記

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