5月10日(金) 「小郡健康運動クラブ」の皆さま(団体)

小郡健康運動クラブ会長さんの明るい健康的な団体申込の電話から始まりました。

このクラブは毎月一回、健康づくりを兼ねて各地を楽しみながら歩いているとのこと、今回の企画は、歩かんねのパンフレットが縁となり団体申込みとなったと聞きました。

また、事前に下見として、二人(会長・副会長)の方が5月24日の水城を歩いて歴史と自然を楽しむコースに参加され、その時にお会いし、このコースで6月7日の実施となりました。

当日は、天気にも恵まれ、西鉄下大利駅をスタートしてから老松神社~水城東門跡~水城西門跡(解散・昼食)のコースを4名のガイド・サポートで案内しました。
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みなさんは、薬草にも関心があり、水城跡の植物を中心にいろいろな花の香りとガイド手作りのテキストで説明を聞きながらの歩きで、昼ごろ終了し木陰で各自持参の弁当を食べてJR水城駅から帰途に着かれました。
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私たちは、下見まで来ていただき、優しさいっぱいの女性方を案内し感謝しながら自然相手のまち歩きが楽しく健康的でもあることを感じた日でもありました。
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今後は、このような団体の方が参加できるコースを企画することで活動の幅も膨らんでくると思います。
小郡健康運動クラブのみなさんありがとうございました。またの出会いを楽しみに待っています。

[ボランティアスタッフ:文責 冨永敦夫]
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歩かんね太宰府の「研修会」
福津市へ行ってきました!


日時:平成25年6月4日(火)
参加者:会員15名 特別参加5名 合計20名
研修地区:福津市(宮地嶽神社・新原、奴山古墳群・縫殿神社・あんずの里・津屋崎千軒)

                          
梅雨の季節にも拘らず好天に恵まれて研修会を実施しました。今回は福津市観光ボランテアガイドの花田さん 有吉さんにガイドをお願いしましたがさすがベテランガイドさん知識の豊富さ、話術には感心させられました。
当日9時政庁跡に集合し、まず最初に向かったのは宮地嶽神社 仲見世の商店街を抜け石段を上がると右側に六百俵の碑が目につきました。説明では天明の飢饉の時でも年貢米を完納したので褒美として藩主から六百俵を賜ったその記念碑とのことです。
六百俵の碑
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宮地嶽神社からの眺め
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本殿には日本一とされる大注連縄があります。さらに奥に進むと奥の宮八社があり、一つ一つ回ると大願が叶えられると言われ多くの人が参拝されます。この八社の中でも不動神社には宮地嶽古墳があり全長23mの横穴式古墳で国の指定史跡です。
大注連縄
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不動神社古墳
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宮地嶽神社の仲見世には梅が枝餅ならぬ松が枝餅が売っていました。松がご神木なので松が枝餅です.ヨモギ餅で料金は105円 。おいしいと評判なので1個買い求め歩きながら試食。
次は車窓から世界遺産を目指す新原・奴山古墳群をみながら21号墳に到着。特別に開門していただき見学。この古墳は5世紀前半に造られた直径17mの円形古墳,古墳丘上には鎌倉時代に作られた石の供養塔が有ります。石碑には梵字だけのものと梵字と金剛界大如来を線彫したものなどあります。
新原古墳の21号古墳の碑
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縫殿神社には応神天皇の頃中国より染色、機織、裁縫などの技術が伝えられこの神社は日本最初の裁縫の神様でありこの地はデザイン、ファッシヨンの発祥の地と言われています。また1440年に造られた梵鐘、南北朝時代の大般若経600点、江戸中期の頃の絵馬があります。
楽しみにしていた昼食は津屋崎千軒のなかの「味処海しゃん」でとり新鮮な海鮮ランチで大満足でした。
昼食後はあんずの里公園へそこには万葉歌人大伴坂上郎女が大宰府から奈良へ帰る途中に詠んだ万葉歌碑が 設置されています。あんずの里公園から見る海岸の景色は最高 一見の価値ありです。
あんずの里のあんず
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あんずの里公園から景色を見る
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研修最後の場所は昼食を食べた津屋崎千軒です。名前の由来は津屋崎は商家が千軒も並ぶほど栄えた街並みの意味だそうです。1602年黒田長政公が筑前の領主になり津屋崎を交易港として指定したので裕福な商人が生まれました。五十集船(いさばせん)津屋崎を基地に西日本の各地を回った商船、五十集とは何でも積むという意味で船は50トン前後の小型廻船でした。五十集船で塩 海産物を鞍手 宗像方面から集め博多へ、帰りは金物 荒物を津屋崎に陸揚げされ筑前有数の港となりました。その街並みの名残が今も残り、福津市津屋崎地区で 町おこしを行っています。
黒田養心公住居跡
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津屋崎千軒地区では教安寺(義民六人士の墓) 波折神社 藍の家 豊村酒造 津屋崎人形工房など見学して研修も終わりました。
波折神社の絵馬の説明
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夕方5時 無事 政庁跡に帰着しました。研修旅行に参加の皆さんお疲れ様でした。
追伸 時間がなくてまだ見ていない所が沢山あるそうです。是非福津市へ再度行きたいと思います。そして今回お世話になった福津市のボランティア方々にも是非太宰府に来ていただいて交流を深めたいと思います。
研修旅行に関係された皆様に深く御礼申し上げます。有難うございました。

歩かんね太宰府事務局
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by dazaifuwalk | 2013-06-16 16:23 | トピックス
4月25日 四王寺三十三観音札所巡り

好天に恵まれ参加者14名、いつものように写真係神吉さん、後詰めの河辺さん、そして先導役小沼3人で出発しました。
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小沼は今コスプレに凝っておりまして、又西国33ヶ所先達会から先達の公認資格をとりましたので、菅笠(すげがさ)・笈摺(おいず)りの出で立ちで登り始めました。皆さんが会話を楽しみながら登れる位のスピードで進みました。
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一番札所の如意輪さん、どちらが江戸時代のものか尋ねてみました。急な坂道でしたが、二、三、四番札所のある谷まで順調に登ってこられました。やはり三番の磨崖石仏には驚かれたかと思います。

焼米ヶ原では、いつもの五番札所の観音様、どこにお隠れなのかいまだ見つかっていません。六番は三宝荒神が祀られているのですが、観音霊場なのに番外的な神仏の登場にお迷よいになられたのでは、七・八・九・十と土塁上の尾根道沿いに様々な観音様がお出ましになります。十一面千手観音が数では多いのですが、時に四国霊場の写しとしてそのまま不空羅索観音や馬頭観音も鎮坐されているようです。
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圧巻は十二番札所の千手千眼観音様でその像容の美しさは他に類を見ない。又この三十三観音がつくられていった背景がわかる刻銘が記されているのも、この観音の周囲の岩である。石土の国松市三郎さんの名がはっきりわかる。

お昼をすぎて東峰から西峰の尾根上の観音様をまわる。
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28番札所は山頂らしき所に四阿(あずまや)が設けられた側の木の根元に鎮坐されている。完全に尊容が磨滅しているが全体的に見れば聖観音と思われ、西国28番札所の成相寺の本尊と一致する。

29番の観音は本地の松尾寺同様馬頭観音様、31番、いつもここにくると心が和む観音様との対面がある。いつだったか子供連れの御夫婦がお子さんを側において一心不乱にお経を唱えていた事を思い出す。今日も朝誰かがお詣りしたのか、供花が新しい。
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そうこうすると内結願の32番の観音様の所にやってきた。最初に述べたように「先達」の資格をとっているならとここで般若心経を何も見ずに唱えて、皆さんも唱和していただき本当に有難う御座居ました。
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[ボランティアガイド:文責 小沼秀人]
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4月20日 城の山道と基肄城ウォーキング

4月20日午前8時30分、曇天にも拘らず、12名の健脚者達が天拝山駅に集まられました。
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午前中30%降雨可能性だったので、挙行しましたが皆さん雨具の用意もきちんと準備された中、スターしました。
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天拝山駅から日尾山の麓までは、緩やかな登りで、一時間余、筑紫野平野の真中を横断するようなウォーキングを楽しみました。
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萩原山谷から山中に入ると10分位で日尾山の鞍部に到着し、さらにそこから5分位で原田反射反のある日尾山山頂に到着します。
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ここは江戸時代の地図では火の尾という名が書かれ、古代の烽火場かと推定されます。
北側に向かって展望が開け、古代城の山道がこの火の尾の西側を通って、大宰府政庁方面に直線に走っていた事が、筑紫野市が発掘して立明寺C遺跡の報告からもわかっています。
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日尾山を下って、両国峠につながる道を南へ向かうと、途中から基肄城東北門へと進む山道を登り始めます。
皆さんは登ったり、下ったりの繰り返しが続いたのですが、誰も遅れずにあっという間に東北門跡に到着しました。
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東北門の所は土塁の大きさに驚かれたと思います。
そこから西峰の土塁線をめざして、更に登りました。途中、丸尾礎石群という城内の倉庫十数棟が西峰からの一つの尾根線上に礎石群を残していました。
千三百年前位の古瓦の残欠もあちらこちらに見られる所です。
11時30分頃、山頂到着、屋根付きの展望台で食事をとり、天気予報道り午後80%の雨が襲いかかってきました。
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この雨にも負けず参加の皆さん達は、リーダーの指示に従って下山していただきました。
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途中東峰のツツミ跡、米倉跡を見学して、最後の見学場所水門に到着しました。
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残念乍ら、崩壊が進んで石垣は青いビニールにおおわれ全容は見えませんでしたが、水門の大きさには土塁同様めずらしいと思われたようです。
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13時30分頃、予定より2時間早くきりあげたのですが、皆様満足されたでしょうか、「雨も自然です」とばかりに引張りまわしたリーダーを何卒お許しください。
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[ボランティアガイド:小沼秀人]
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