2011.10.20(木)
特別コース 万葉史跡を訪ねて


今回のお客様は奈良市内で「佐保山茶論」をひらくご夫妻2人。
市の紹介で「歩かんね太宰府」の存在を知り、万葉史跡を中心に案内願いたいとアプローチされた由。

当方、杢尾理事長と相談の結果、万葉関係なら「大宰府万葉会」を主宰する「松尾セイ子さん」と言う「切り札」を指名する事にして、彼女に本件依頼したところ、流石に「佐保山茶論のご夫妻」とは旧知の仲とかで快諾頂きました。

当日は長崎から入り、まず「政庁跡」、続いて「水城跡」「国分寺跡」「観世音寺・同宝蔵」「九州国立博物館」最後に「太宰府天満宮」を廻るという強硬スケジュールをこなし、無事新幹線博多駅から帰路につかれました。

察するに道中、奈良と太宰府の「万葉熱中人?」同士、特に旅人親子についての万葉談義では歌碑中心の太宰府散策だったでしょうが、大いに盛り上がったことでしょう。
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又「松尾さん」の案内よろしきを得て史跡「水城」の意味、「政庁」周辺の纏まりも身近に見て、納得された由。「水城跡」は普段は行かない「展望台」にも案内したのが良かったのかも・・・。
後日、 ”もう一度太宰府に行ってみたい!” とのメールを頂き、「松尾さん」は以下スタッフ一同感動したのは勿論のことでした。
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尚、「佐保山茶論」はインターネットにも出ていますが、「大伴家持」の邸宅が付近にあったと言われる奈良では有名な地域で、ご自宅の庭園を開放され、主に「万葉集」に関する催しを都度開催され、楽しんでおられる様子です。  
奈良に行かれた方は少し足を延ばして、同茶論で「お茶」でもされては如何ですか。 
その節は「佐保山さん!」、宜しくお願いしますヨ・・・。

ボランティアガイド:市川記 
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11月4日
「蓮華のともし火」点火 と 最澄銅像建立25周年記念大法要

皆さん竃門神社麓に「妙香庵奥の院」があるのをご存じですか?
今日ここで上記の法要が行なわれました。今日からは天台宗にとって大切な拠点になります。
「歩かんね太宰府」の皆さんとこの歴史的な法要に参加、以降のコース設定に加えたいと参加した次第です。
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 式典終了後、宝満山中腹にある「六所宝塔」にも参拝しました。
太宰府内山、竈門神社の麓に昭和62年に比叡山開創1200年を記念して高さ5.8m余りの堂々たる最澄上人の銅像が建立されました。

今日(11月4日)その銅像建立25周年記念と最澄の法火の引継ぎならびに毘沙門天の開眼法要が妙香庵奥の院に比叡山延暦寺の「半田孝淳座主猊下」をお迎えして厳かにとりおこなわれました。
最澄上人の銅像は中国を向いているそうです。最澄上人が唐で天台教学を学び、帰国するときに最初に到着したのは花鶴ヶ浜(古賀市)でした。最澄上人は布教の拠点を探すために持っていた独鈷と鏡を空に投げ、立花山でこの独鈷をさがした源四郎に法火と毘沙門天像を御礼として授けました。この源四郎の家は千年家として現在まで残り、国指定の重要文化財となっています。その法火も燃え続けています。
このたびこの最澄上人の持ち帰った法火「蓮華のともし火」が妙香庵に受け継がれる儀式が今日とりおこなわれたわけです。
最澄上人の銅像の前にステージが設けられ緋毛氈がしかれて、儀式は比叡山の座主、九州の天台宗のお坊さんならびに信者の方々大勢をお迎えして教義にのっとって厳かに行われました。
儀式のあと、最澄上人の法火を受け継ぐ庵主森妙香さんから力強い御礼のご挨拶がありました。

自分の人生をふりかってみると最澄上人を信じることが自分の人生を良い方へ良い方へ導いて下さったように思うということでした。

最後にグループごとに最澄上人の銅像とともに記念写真を撮ってお別れでした。勿論我々「歩かんね太宰府」グループもしっかり撮って頂きました。
宝満山と太陽に光輝く最澄上人の銅像を前に秋晴れのそよ風を感じながら晴天のなかで行われた法要は全身が洗われるすがすがしい一日でした。同時に1200年もの長い間絶えることなくともされ続けた法火がその昔天台宗の基盤であった太宰府に帰ってきた思いに、ふかい感慨を覚えました。

これから最澄上人の法火を永遠に燈し続ける法灯守「妙香庵」に幸多かれと全員で祈願した一日でした。

[文責] 前田米藏
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2011秋_14コースのボランティアガイド岩熊さんが主宰されている「まほろば自然学校」で発表会が開催されます。
かわいい子供達が皆さまのお越しをお待ちしています~。


日時 11月27日(日) 14:00~16:00
場所 太宰府文化ふれあい館
参加申し込み 不要

詳しくはこちらをご覧ください。
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by dazaifuwalk | 2011-11-23 09:37 | お知らせ
10月23日、前日の予報、早朝の天気とにらめっこしながら決行を決めたのですが、あいにくの雨となりました。私のガイドでは初の雨の中、太宰府市民の森を中心としたネイチャートレッキングを行いました。
参加者は大人の方7名、これまた初となる大人の方対象とした森歩きです。
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まずは森に入る前に集合場所となった政庁跡に生えているムクロジやナラガシワなどの木の実を拾い、出会う生き物たちの解説をしながらの散策です。
いよいよ森へというところでなんとアクシデント発生です。
秋の森がスズメバチ駆除のため封鎖されてしまう事態となりました。
今年は福岡県の身近なところでもスズメバチの被害がニュースになっています。
これはしかたがないので観世団地のほうから回りこみ、急遽進路変更で森に入りました。

紅葉にはまだちょっと早い森には、ツワブキ、ミズヒキ、ヤマハッカなどがひっそりと咲き、雨に濡れてとてもきれいでした。
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さすがに雨とあって昆虫との出会いは少なかったですが、毒がありそうで毒のない毛虫のフクラスズメ、強い匂いを出すキマダラカメムシそれから参加者の叫び声にびっくりしたヤマカガシや雨の大好きなカタツムリなどと出会うことが出来ました。
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雨のネイチャートレッキングも雨の好きないきものたちに出会うことができ、それはそれなりに楽しいひと時でした。ネイチャートレッキングは何と出合うか分からない楽しみがあります。
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また11/20にも予定されています。
ぜひガイド付きの森歩きご体験ください。
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ボランティアガイド;岩熊志保
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10月7日(金)

今秋より初めて取り入れたコースです。全国的に見れば天満宮本殿そのものがパワースポットですが、敢えて「天満宮周辺に的を絞り、普段はあまり訪れることの少ないところに焦点を当ててみました。
パワースポットという表現は清田益章氏(*)による和製英語である。英語圏で実際に用いられている例もあるが、日本の影響と思われる。

(*)清田益章:芸名 エスパー清田
 1970年代ユリ・ゲラーが評判に話題になった時に、全国的に見出された、いわゆる「超能力少年・少女」たちの一人。彼らのほとんどがトリックを暴かれるなどして姿を消していった中で、現在、何らかの形で(その機会はきわめて数少ないながらも)メディア出演等といった表舞台で活動していると言えるのは彼一人のみです。

まずのスポットは光明禅寺の隣接地です。通常はこのエリアでは藍染川の「梅壺侍従蘇生の碑」と伝衣塔を説明するエリアですが、それに加えて「御霊大明神」と「千八稲荷」を取り上げてみました。

〇御霊大明神
何時の時代からか、何様を祀るのか知る人もいないのに、馬場地区の人は「ごうれいどん」といって大切にお祀りしています。
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〇千八稲荷
伏見稲荷の祭神を、「稲荷勧請」によって分祠された神社。正式な由緒(時代、だれが、どうして)は不明。
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〇定遠館跡
天満宮の神職であり衆議院議員であった小野隆助が日清戦争で沈没した清国北洋艦隊の旗艦「定遠」を 大本営から許可を得て引き揚げ、艦材にて作った記念館跡。下写真は「定遠」のオールを利用した床下の梁
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〇大国神社
日本神話の神様「大国主命」と外国の仏様「大黒天」が合祀され、現在我々に親しみ深い「ダイコク様」として祀られている神社。五穀豊穣・災難除け・商売繁栄の神として信仰されています。
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〇太郎左近社
「たろしゃくさま」と呼ばれ、病気平癒の神様として親しまれています。古図によれば天満宮参道の近くにあり、室町以降この地に移されました。奉納されている手形などで患部を撫でお参りをします。
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〇石穴神社
地元の人に「石穴さま」として親しまれている稲荷神社です。菅原道真公に縁ある伝説も伝わっています。奥の院にはもう一柱の「石穴さま」もいらっしゃるとか・・
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〇如水の井戸
筑前五十二万石初代藩主黒田長政の父、黒田孝高(如水)は、福岡城築城の間(3年間)天満宮境内に仮屋を造り隠棲していました。その時使用していた井戸。
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〇相輪橖
天台宗の大寺であった安楽寺の唯一の現存物。寺院の塔の屋上にある相輪の部分を地上に立てて塔の代用にしたもの。
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〇本殿東側 摂社・末社群
本殿東側の上段には10の摂社・末社が祀られています。天満宮近くにお住いの古老の方のお話では、子供のころの遊び場だったということです。
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〇誠の滝
10m程の高さから二段になって落ちる人工の滝。天神さまの「誠」にかけて命名されました。
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〇天開稲荷
鎌倉時代末期に京都伏見稲荷大社からの御分霊を宮司邸の邸内社として勧請し、その後現在の地に遷されました。九州では最も歴史ある稲荷神社の一つです。神社の裏手には「奥ノ院」も鎮座しております。
馬場宮司にもお話をうかがう事ができました。
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〇お石茶屋
大正~昭和初め、お石茶屋の江崎イシは美人でかつ男勝りのきっぷで評判となり「お石しゃん」と親しまれ、地元のみならず、多くの有名人がこの茶屋を訪れました。
私たちもしばらく休息し梅ケ枝餅をいただきました。美味しかったです。
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〇お石トンネル
お石しゃんが遠回りをせずに、自宅から茶店に通えるようにとの心遣いで、筑豊の石炭王麻生太吉がプレゼントしたといわれる。
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〇野見宿祢公碑
『日本書紀』に登場する相撲の神様。菅原道真公の祖先。宮中に仕え天皇の葬儀を司る。殉死にかえて初めて埴輪を採用した人ともいわれています。
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〇本殿裏(北側)摂社群
太宰府天満宮の本殿のすぐ裏手に、菅原道真公の子息四人をお祀りしてあります。
道真公恩師、島田忠臣公を祀る福部社もあります。この島田忠臣公の娘が道真公の奥さん 宣来子(のぶきこ)です。
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〇神馬・白梅号
神々の乗用に供するために神社に奉納された馬。特に白馬の背には神が宿るといわれ、白馬が奉納されることが多いようです。今回は別の場所でお休みの様で不在でした。
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今回実施したアンケートには
 めったに行かないところへ訪問できた喜びや、新しいコースを広げたことに対するお礼などが多く寄せられており、企画した我々一同も胸をなでおろしております。

[ボランティアガイド]上園、神吉、嘉村、高
[文責]石橋

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 10月20日(木)すっきりと晴れて気温は夏日(26度)となり、汗ばむ陽気の中、5名の女性参加者(全員)の皆さんと1300年前に築造された水城とその周辺の史跡を楽しく歩きました。
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四王寺山麓の眺望所からは水城及び小水城を中心にそれを取り囲む市街地と山並み、そして遠く博多湾を、また水城周辺にはコスモスの花が紫の絨毯を敷いたように望むことが出来、まさに絶景でした。
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また、水城の基台部分を歩きながらコスモスの花の香りを間近で感じることが出来ました。(1300年前の秋にはどんな花が咲いていたのかな・・・とも)
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今回から新たに吉松地区の「観音堂及び七地蔵」と「コッケサマ(古渓大明神)」を本コースに取り入れ案内しましたが、距離的、時間的そして順路的にも問題なく、参加者の皆さんも全員余裕で終了することが出来ました。
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昼食を希望される皆さんには西鉄下大利駅の近くの洒落たレストランを案内させていただきました。(結果は次回お会いしたときの楽しみに・・・・)

皆さんの参加を、またお待ちしています。ありがとうございました!!

ボランティアガイド:上園、嘉村
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10月10日(月)  

今日は風もなく汗ばむばかりの快晴の中、お客様5名・スタッフ3名(河辺さん前田さん市川)の計8名が「都府楼前駅」に集合、まずはスタッフ紹介と今日の予定を説明。 

早速本コースの出発点となる天満宮への「関屋一の鳥居」に案内。
ここは前田さんの出番、付近の石灯篭・潮干台・道標等について当時の「宰府参り」の風習と古代の官道も併せてじっくり説明。 
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次は「刈萱の関跡」、ここは史実と同時に浄瑠璃でお馴染の「刈萱道心と石堂丸」の伝承を高野山・長野善光寺にまで話を広げ、用意した写真をもとに解説。 
ここ位でお客様もすっかり打ち解け、そこここで私語が交わされています。
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水城跡への道中、「宝満隠」「稲子地蔵」の伝承をこれまた前田さんがユーモアを交えながら説明、少人数のせいもあり、一同すっかり仲良くなった様子。
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「水城跡」では当時の倭国・東アジア情勢の概要説明の中で663年の「白村江の戦」の位置づけ、又築造目的・工法規模などに加え、着工時期・工期への疑問を挟みながら解説、次の「衣掛神社」に向かいました。
「旅人の歌碑」を含めすっかり場慣れした河辺さんの解説に、一同納得納得の様子。
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この「水城~政庁コース」には史跡が連続して残されており、道中解説説明する対象には事欠きません。  その道中で小郡市に在住のお客様から、小郡の「大保」と「大宰」、それに飯塚の「大傳」の地名は何か関係ないのだろうか?との質問あり。  

本件は古代史の大きな疑問であり、確たる返答は出来ないが、5世紀に「倭の五王」が中国に提出した「上奏文」あたりにその解答があるのでは・・・・と苦しい説明で我慢して頂きました。

この様なお客様との「ヤリトリ?」もスタッフの大きな楽しみでもあります。
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「筑前国分寺跡」を過ぎ、「ふれあい館」で小休止の後「御笠団印発掘地」を経て、最終の「政庁跡」へ「南門」から入りました。

大宰府は663年「白村江の戦」が転機で生まれた街であり、政庁が全ての中心に位置する様に設計された人工の風水都市と言われています。  
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以降平安末期までは朝廷に対して九州地域の総務・税務、又対外的には我が国の外交窓口としての機能を持つ、謂わば九州総鎮守府としての役割を持ち繁栄していました。  

政庁の正殿に立ち、「蔵司」「月山」「条坊制」「3本の顕彰碑」及び「史跡の保存」を解説、最後は四王子山から湧き上がってくる霊気を全員身体全体で深呼吸、「政庁」のパワーを頂いてくれればと・・・念じつつ、お客様には「歴史遺産」の後半「東コース」への参加を呼び掛けて次の出会いを期してお別れしました。
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最後に一人のお客様から「少人数でゆっくり聞けて非常に良かった!」と言って頂いた言葉が、スタッフ一同には何よりの嬉しい贈り物でした。

ボランティアガイド:市川記 
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10月18日(火)

さわやかな秋晴れの下、本日ご参加の皆さんが定刻前におそろいになりました。

なんと今日は、11名全員が女性です。
挨拶と簡単なコースの説明の後、太宰府駅をあとにしました。
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まずは参道の解説です。
明治維新にも大きく関わった太宰府の話を皆さん熱心に聴いておられました。
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光明禅寺では前庭だけのご案内でしたが、ほんのり色付きはじめたもみじが華やかさを添えました。
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定遠艦・浮殿と見過ごしてしまいがちなところもご案内しました。
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次は「国博通り」を通って九州国立博物館へと向かいました。
この通りはのんびりとしていてお勧めの道です。
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九博では博物館のボランティアガイドさんにバトンタッチです。
まずは博物館の舞台裏・バックヤードツアーです。
ガラス越しですが収蔵庫や修復の現場が見れて、お客様も大感激の様子でした。
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次に訪れた4階文化交流展示室でもわかりやすく解説していただき、「一人で見るのと違ってよくわかった」と皆さん大喜びでした。
案内してくださった白石さん、山田さん、ありがとうございました。


太宰府天満宮では延寿王院・太鼓橋・麒麟像・御神牛・本殿へとご案内しました。
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参拝後はお待ちかねの昼食です。
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小山田茶屋でのお弁当と梅が枝もちに「お弁当もおもちも絶品です」と喜んでいただきました。
 
ご参加の皆様、ご協力してくださった小山田茶屋さんありがとうございました。

どうぞ今後とも「歩かんね太宰府」をよろしくお願い申し上げます。

ボランティアガイド:神吉  
  

    
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