今年から始まった太宰府市の魅力を散策しながら楽しんでもらう「歩かんね太宰府」に、まほろば自然学校も太宰府市民の森でのウォークラリー形式の自然体験ツアー「いきものウォークラリー」を提供することで参加しており、その第1回活動を11月25日に実施しました(第2回は12月16日、まだまだ参加者募集中!!)。お天気にも恵まれ、イチョウやモミジ、ナンキンハゼの紅葉も最高の秋晴れの中、午前の部には4組11名、午後の部には6組22名の合計10組33名の方々にご参加頂き、スタートすることができました。

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まず、集合場所である政庁跡駐車場で活動の趣旨、いきものウォークラリーの説明を行い、問題の隠された場所の地図、解答用紙、それから秋の収穫物(ドングリや木の実、紅葉した葉)を入れるビニール袋を配布して出発です。

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会場となった太宰府市民の森のあちらこちらには、太宰府市に生息する生き物に関する50問のクイズが10地点に5問ずつ隠されており、クイズに挑戦してもらいながら、市民の森の自然と生き物の魅力に触れてもらいました。

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制限時間2時間弱の時間をかけて、森を歩き回り、50問のクイズを解き終わったあとには、いよいよ答合わせです。今回の問題は、初めて太宰府の森を散策される方にも太宰府の生き物と豊かな自然を知っていただこうということで比較的簡単で分かりやすい問題にしたつもりですが、それでも何問かはひねった問題、知られざる生き物の不思議をテーマとしたので、参加者の皆さんの頭を悩ますものもあったようです。

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それで本日の最高得点ですが、全50問の内44問正解、正解率88%でした。かなりすばらしい正解率ではないでしょうか?

常々まほろば自然学校の活動に参加していただいている方から初めてお会いする方まで、様々な方が参加されましたが、皆さんそれぞれにクイズを楽しんでいただいたようで、「楽しかった」という感想もたくさん頂きました。

また皆さまに楽しんでいただけるよう、私たちも頑張って市民の森を歩き回ります!!
(ガイド:岩熊志保)

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by dazaifuwalk | 2007-11-25 21:01
この秋、福岡地方は少雨の新記録を作りそうです。「まち歩き」にとっては実にありがたい好天つづきの年です。11月末までの【歩かんね 太宰府】35のコースのうち、雨天中止はわずかに1回。はじめたばかりの10月8日(日)のこのコースだけでした。

そんな訳で、16kmウォークはこの日が初実施。スタッフ(小沼・財津・高橋・島松)も張り切っています。プラン作りの段階では、半分が山道の16kmに参加される方は少ないのではないか、と案じたのですが、ふたをあけると定員の12名を早々とこえました。そこでサポーターの数を2名ふやし、参加者は18名となりました。それでも、やむなくお断りをした方があるほどの人気です。

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太宰府観光としては、ちょっと意外な「西鉄下大利駅」に集合して、まず「水城西門跡」へ。東門跡は知っていても、1.2km離れた西門跡は、はじめてという方がほとんど。ガイドの小沼さん(ウォーキングのベテランで、日本史の先生)の説明にも、力が入ります。

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車の少ない道をえらんで、史跡をかこむ田園風景の中をすすみ、国分(こくぶ)へ。ここまでの30分は、平地での足慣らし。ここから標高差は約200m、40分ほどの登り。早足が持ち味の小沼さんから、島松に先頭を替わって、ペースを落とし、ゆっくりと登ります。この日は、申し分のない晴天のいわゆる小春日。早くも汗ばんできました。

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やがて「水城門礎」。ここは四王寺山(7世紀の築城当時は大野山)の外輪山のような肩の部分を、約8kmにわたる土塁が結ぶ山城の、入口のひとつです。いよいよ土塁に沿うように四王寺山を一周します。展望台で、眼下の水城の大堤から、福岡市、志賀島、脊振山などの光景に歓声を上げながら、地元の信仰を集める毘沙門堂へ。すぐ隣がこの山の最高地点(大城山441m)で、三角点があります。野外音楽堂で小休止。疲れた方にはここから車道を、と考えていましたが、皆さん健脚で、予定どうり百間石垣へ。ここは、最もなだらかで攻めやすい、宇美からの道を護る幅180mの石垣。下から見上げると、城壁といった方がふさわしく、壮観です。

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ここから小石垣を抜けて、焼米ヶ原までが、本日のハイライト。人の少ない美しい道です。はじめにカラマツ、続いて今を盛りのかえでの紅葉が迎えてくれ、誰もが幸せな気分に。小石垣は、発掘調査が続けられており、予想を超えるスケールが判明しつつあるとのこと。古代の人びとに思いを馳せながら、二つ目のピーク(大原山354m)の日溜りでのんびりと昼食。

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「太宰府口門礎」まで来ると、折から、九州国立博物館で開催されていた考古学会の参加者が見学に来ておられました。最後に、近年まで雨乞いの祈祷が行われていた「水瓶山」のピークを踏んで、小沼さんお気に入りの参拝の道を、まっすぐに「連歌屋地区」へ下り、太宰府駅にて解散。

おかげさまで、事故もなく、【歩かんね 太宰府】最長・最強のコースを歩き抜かれた皆さんは、ニコニコと【完歩証明書】を受け取っておられました。(参加者の中に、【歩かんね 太宰府】早くも3回目という女性がおられ、記念品の引換券をお渡しました)

(島松 尚宏)

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by dazaifuwalk | 2007-11-23 20:18
11月23日(金)勤労感謝の日、まさに抜ける様な秋晴れの好天に恵まれました。ガイドの杢尾さんが計画・予想したとおり、タイトルどおりの最高の紅葉となり、バスで内山終点に着いたら、宝満山は紅葉の真っ盛りでした。

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参加者は17名様、そろって竈門神社にお参りし、お隣の縁結びの神様と、杖道の夢想権之助神社に。しかし、見たことも無い程、多くの登山客が一緒に登山中であり、我々は途中の清原元輔の歌碑までで引き返しましたが、このまま紅葉のトンネルを潜って山頂まで行きたいなと思いました。
修験鍛冶の金剛兵衛の墓にお参りし、天満宮まで下り坂を歩きましたが、途中振り向き、振り向き、紅葉の山頂を眺めながらの下山でした。

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天満宮の裏に麻生太吉が作った通称『お石トンネル』(美人お石さんの御茶屋に通うため作ったから!?)を潜って、お石茶屋を通って、天満宮の裏から天満宮の中を通って光明禅寺方面へ。先ずは、光明禅寺の前に、この寺を建てた鉄牛円心和尚の生い立ちと言われる謡曲『藍染川』の『梅壷侍従蘇生の碑』と、渡唐天神伝説として伝わる『伝依塔』を訪ねました。

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いよいよ光明禅寺に入る仏光石庭【前庭】、一滴海庭【裏庭】を訪ねる。流石に一滴海庭の紅葉は鮮やかで写真を何枚も撮りました。
お客様も案内する我々も秋を満喫した楽しい一日でした。
(サブガイド:田島哲生)

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by dazaifuwalk | 2007-11-23 17:08
11月18日(日)、「太宰府の伝説をたずねて1」で通古賀辺りを案内しました。前回まで穏やかな暖かいにだったのに、当日は急に冷え込み、いまにも雨が降りそうな天気でした。にもかかわらず、微笑ましい親子連れやご夫婦など、13名の方に参加していただき感激でした。寒さのため言葉が詰まったりで聞きづらいところが多々あったにもかかわらず、皆様には最後まで熱心に聞いていただき感謝しております。と、同時に自分の未熟さを痛感し、参加してくださった方々に喜んでもらえるように努力と工夫をしなくてはと肝に銘じました。

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通古賀は奈良時代の頃、筑前国衙が置かれたところと伝えられ、菅原道真公ゆかりの榎社や王城神社など、歴史と伝承が数多く残るところです。二日市駅を出発して、飛梅伝説の原木を見てから、松田家へと向かいます。

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松田家に祀られている薬師如来坐像は「通古賀のお薬師様」と親しまれ、16世紀頃の伝承が語り継がれています。また筑紫西国八十八ヶ所の札所の一つとして、春と秋の彼岸にはお遍路さんがお参りに来られるということで、現在でも松田家では接待して迎えられているそうです。今日は私たちも温かいお茶とお菓子でおもてなしを受け、体の芯まで温まりました。

田中家の庭には三条實美卿のお手植えの松と、その謂れを刻んだ石碑が見えます。庭はいつもきれいに手入れがなされ、大事に守り続けておられる田中家の人々の温かい気持ちが伝わってきます。ありがとうございました。

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榎社には道真公の命の恩人でもあり、何くれとなくお世話をされた浄妙尼の祠があります。道真公が亡くなられた折り、道真公の好物だった米粉で作った団子を焼いて、梅の枝を添えて差し上げたそうです。それが梅ケ枝餅の始まりと言われているということを聞くと、みなさんびっくりしたり、納得したりと様々でした。

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榎社の道路沿いにある鶴の墓の伝説は、アニメ「日本昔ばなし」にも放映されたことのあるお話で、とても空想的なお話でしたので皆さんも楽しく聞かれていました。

昔ながらの路地を懐かしく通りつつ、清明の井にやってきました。昨今は女性にも人気のスポットで、陰陽師・安倍晴明が開いたと伝えられる井戸です。干ばつの時も、この井戸だけは涸れないと言われています。祠には三角形板状の石が置かれ、水を守る神様を表しています。今は水の流れが変わり、水はなくなってしまっており、皆さんちょっと残念そうでした。しかし、その周辺はきれいに掃除がされていて、地域の人々が大切にされていることがうかがえます。そばにある大きなエノキは老木であまたの風や雨にさらされ、あちこち補強され痛々しく見えますが、いまもなおこの地の人々を見つめているようです。

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最後に紹運の首塚と般若寺をご案内して、二日市駅に無事到着しました。皆様、おつかれさまでした。(ガイド:富田サナヱ)

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by dazaifuwalk | 2007-11-18 22:09
「太宰府天満宮と九州国立博物館への道」の第三回目となる11月4日当日は、抜けるような秋晴れの中でスタートしました。この日の参加者は女性ばかりの三名様。みなさん積極的に解説をお聞きくださる方ばかりで、ガイドにも自然と熱が入ります!

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さて、まずは参道を歩きます。この日は日曜日ということもあり、駅前の参道はたくさんの観光客で賑わっていました。そのにぎわいの中を抜けながら、松屋さんなど、古くからの商売を大切に受け継いでいるお店の建築について解説します。参加者のみなさんは熱心にメモを取りながら聞いてくださいましたので、ガイドの山崎さんのお話もより弾むようです。

小鳥居通りでいったん脇道へと入り、今度は裏通りにひっそりと建つ伝衣塔を目指します。静かな林の中、浪曲に唄われる藍染川のそばで伝衣塔の由来を解説していると、光明禅寺へと向かっていた他の観光客の方も自然と足を止めて話を聞かれていました。こういった親しみやすさが「歩かんね太宰府」の良さとしてずっと続いていけばいいなぁ、と思った場面でした。

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次に向かったのは光明禅寺。九州唯一の枯山水の石庭のあるお寺として有名ですが、その美しさもまた一級品です。まだ紅葉には少し早い時期でしたが、苔寺の異名を持つ光明寺の庭は静謐な雰囲気に包まれ、ガイドも参加者もしばし静かに流れる時間に身を任せていました。

光明禅寺を離れ、再びにぎやかな参道へと向かい、次に訪れたのは延寿王院。普段は、一般の観光客は中に入ることができませんが、「歩かんね太宰府」参加者だけへのスペシャルサプライズとして、特別にお庭の中に入っての解説をさせていただきました。精緻な彫刻で飾られた門は、近くで観るとまさに息をのむような迫力と美しさに満ちています。
その門の向こうにはいつもの喧噪があるのに、私たちだけこの静かな場所で、歴史に想いを馳せている、というのはとても不思議な気持ちでした。門の外に出て、太宰府郷土の彫刻家・冨永朝堂作の御神牛を観ながら次へと向かいます。

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さて、いよいよコースハイライトの太宰府天満宮へと入って行きます。折しも菊の展示会や飛龍天神ねぶたが開催されており、七五三の時期であることも相まって、とても華やいだ雰囲気に包まれていました。ここでも御手水や正門、本殿、飛梅などを丁寧に解説していきますと、参加者の皆様は目を輝かせて、時にはメモを取りながら聞いていただいています。かわいい七五三の子供たちにまじって本殿にお参りをして、いよいよ最後の目的地へと向かいます。

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今年の10月で開館二周年、つい先日は入館者数400万人を数えた九州国立博物館。新しい太宰府観光の要として、今やなくてはならない存在です。幻想的なLEDの光に包まれてトンネルを抜けると、現代建築の粋を集めた、前衛的なシルエットの建物が見えてきました。透き通るような青空に、九博の屋根のブルーが良く合います。コースはここまで、のはずだったのですが、熱心な三名の女性に感じ入ったガイドの山崎さんが特別サービス!山崎さんは九博ボランティアガイドのお一人でもあるのですが、そこでいつもお客さんにされている建物の解説をしてくださいました(本当に特別ですよ!)。

 そのあとはそれぞれ、「本願寺展」を見に行ったり、バックヤードツアーに申し込んだりされていた参加者ですが、みなさんに共通だったのはこの日の「歩かんね」をとても楽しんでくださったということ。こういった幸せな関係がいつも作れるとは限りませんが、これからも参加者のみなさんはもちろん、自分たちも楽しめるような「歩かんね」を目指していけるといいですね。

(文責:サポーター&写真/中野)

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by dazaifuwalk | 2007-11-04 17:26
古代朱雀大路をあるく。都(みやこ)には天皇の居所と百官が出仕する宮(きゅう)がありその周りに「条坊」と呼ばれる碁盤目の街区割りがありました。これが京(きょう)です。京の中央を南北に宮につながる大路がありました。これが「朱雀大路」です。京の入口にあるのが「羅城門」、宮の入口に立つのが「朱雀門」です。太宰府はみやこではありませんで、宮にあたるところには「大宰府政庁」がありました。そこから南にまっすぐ延びる36m幅の中央大路を、みやこにならって朱雀大路と呼んでいるわけです。ですから、道が使われていたときはなんと呼ばれていたかはわかっていません。単に大路(おおじ)とかだったかもしれません。

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小雨降る西鉄二日市駅西口に集合時間ぎりぎりに滑り込み、ご参加のみなさまとご挨拶を交わします。女性1人、男性3人です。太宰府で生まれ育った方や、流れ流れて太宰府が気に入られた方などさまざまな太宰府経験の方々です。駅の軒先を借り、昭和23年頃の付近の地図で概要を説明申し上げる。都市化の進行に驚くが、考えてみればもう60年位まえのこと、変わっているほうが当然かとも。朱雀大路付近で発掘調査現場を見学しましたが、雨天のため作業はやっていませんでした。大小、深浅さまざまな穴や溝が一面に広がっていました。この中から大宰府で着けることができる人はは大宰府の長官(帥)のみと考えれる、高位の高官が帯びていた白玉帯の丸鞆が出土していることに一同感心。でもどうしてそこに入っていたのかは?です。

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榎社ではTV日本昔話にも出た「鶴の墓」、道真さんを助けた「浄妙尼」さんを祀るお社、道真さんが太宰府に同行した子どもの一人紅姫(べにひめ)さんの供養塔を訪ねて当時の人々のことやそれをおまつりしたり大切にしてきた人々のことに思いを馳せました。参加の方々の乗せ上手にガイドも乗ってしまい時間超過で榎社を後にして、朱雀大路発掘調査後に設置された解説板を見ながら道幅を体感しました。やはり広い。そんな必要がどうしてあったのだろうかなどと話しながら、昔の県営住宅を抜けて通古賀近隣公園へ立ち寄りました。いまは御笠川から国道3号を挟んだ南にある公園ですが、区画整理前にはこの辺りが川べりであった証拠の「ドロクサンヤネのセンダン」を訪ねました。呪文のようなセンダンの意味は・・・、次回ご参加ください。

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いよいよ御笠川を渡り、大宰府政庁域に到着です。多くの人々の大切にする気持ちと、努力によってあの気落ちの良い大宰府跡の空間がかたちづくられているのかを解説板や石碑や日菅寺を巡りながら感じていただきました。

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最後は九州歴史資料館発掘調査事務所の中を見学し、出土品がどうのように整理収蔵され、展示されるのかを説明してもらいました。聞き上手の参加者のおかげで、ガイドである私も気持ちよく説明させていただき有難いことでした。おかげですっかり時間超過になりお昼を回ってしまいました。ご参加の皆様ありがとうござい増した。またお会いしましょう。(ガイド:城戸康利)

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by dazaifuwalk | 2007-11-04 17:18