2011.12.4(日) 「鴻臚館~大宰府政庁跡 古代官道24kmを行く」 

 一年の最後を飾る「歩かんね太宰府の華」の長丁場も5回目を迎えました。
12月4日(日)まだ暗い午前6時半、福岡城内・鴻臚館跡にスタッフ5名(上園・嘉村・河辺・江口・島松)集合。夜来の雨は、上がって晴天。

「古代官道」とは、1200~1300年前、国家が威信をかけて築いた、道幅10~12mの直線のいわば高速道路。今日は、その痕跡を訪ねながらの歴史探索です。

定刻7時、鴻臚館跡の解説からスタート。ここから、大陸からの使節の一員になったつもりで、参加者21名と歩きます。
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8時には、福岡国際マラソンのコースとクロスする平尾を通過。
子烏(こがらす)神社(薬院駅近く)と、奴国(なこく)の丘歴史公園(春日市)を立ち寄り箇所にくわえた分、やや早足で快調に、15時過ぎのゴールを目指します。
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光町(春日市)では、地域のみなさんが餅つき大会。お餅は大震災支援のため、釜石市に贈られるとのこと(この日夕方のNHKニュース)。
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航空自衛隊の好意で、古代官道跡が発掘された春日基地のなかを通過させていただき、メタセコイアの紅葉がかがやく、春日公園で昼食。
(千秋楽なので、要所で歩かんね太宰府の仲間が合流します。ここでは、2名合流)
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12時出発。公園内の官道跡を確認してから、九大キャンパスへ。プラタナス並木の紅葉に、歓声をあげながら散策。校内に風力発電用の「レンズ型風車」が3基ならんでいます。博多湾上に実験装置を浮かべたとのこと(この日夕方のNHKニュース)。ここで製作してたのですね。
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水城西門跡着。ここで杢尾理事長以下2名合流。
ここからは、筑紫野市教育委員会の小鹿野さんが、発掘担当者として、道の専門家として、詳しく分かりやすく説明してくださいました。南南東に向かって鴻臚館跡から、ほぼ一直線にすすんできた古代官道が、東に向く屈折点の杉塚廃寺では、解説にとりわけ力が入ります。
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ここからは、大宰府の都市空間、条坊跡。最近、誰かが付けた「推定22条路」の標識(これからは、行政とボランティアが協働で設置とメンテナンスをしては、というのが私の持論です)の前を通り道幅36mの朱雀大路跡へ。
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榎社(1名合流)よこをぬけて、ついに大宰府政庁跡へ全員無事に16時に到着。
みなさんよく歩いていただきました。
「大宰府万葉会」(歩かんね太宰府の会員)のお出迎えを受けてから、駐車場にひっそりと鎮座する朱雀門の大礎石の解説で、めでたく終了。小鹿野さんに感謝の拍手。
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政庁跡まえの「三十三茶屋」さんのご協力で温かいぜんざいを、12名に増えたスタッフ全員でお接待して、締めくくりのイベントに相応しい雰囲気で、長い案内が完結。
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2011秋コース、参加者572名。春とあわせて年間で972名。(前年より若干の増加)
無事終了させていただいたことに、会員一同感謝。感謝。また、お会いしましょう。

[文責]ボランティアガイド 島松
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2011.11.21(月) 古都の紅葉と文学の道

例年になく冷え込みがきついながらも、好天が予想されるなか「西鉄太宰府駅」に急ぎました。流石にスタッフ5名(杢尾さん・河辺さん・前田さん・林さん・市川)は早々と全員集合、お客様はその後順次予定の24名が定刻に集まりました。
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ネットの紅葉情報では「竃門神社は色づき始め・・」、杢尾さん曰く”今日は「草紅葉」を楽しみましょう” の気持で「まほろば号」に全員乗車、今日はお客様が多いので2班に分かれて頂き、杢尾班・林班でスタートしました。
「政庁」の鬼門を守ると言われている神社ですが、歴史は意外と古く神武天皇の母である「玉依姫」の伝承も残っています。
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まずは周辺の「今一の紅葉?」を全員で眺めながら、竈門神社の由緒と周辺の石碑、又杖術の流祖「夢想権之助」の記念碑、清少納言の父「清原元輔」の歌碑を丁寧に説明、次は今回の目玉となる「妙香庵奥の院」。
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先日天台宗にとって非常に大切な「法理の火」をここ「妙香庵」が受け継ぎ、今後永劫に灯し続ける「大法要」が天台宗座主猊下を招いて行われました。
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天台宗開祖の伝教大師最澄は中国に向かう前、又帰国した時も宝満山に縁があり、九州の拠点ともいえる土地です。「蓮華のともし火」を真近に拝みながら「伝教大師立像」の下で1200年前を偲んで頂きました。

あと少々お疲れのお客様に「憩いの場所?」としても色々ご配慮頂いている「石村萬盛堂太宰府工場」に案内しました。暖房のきいた暖かい部屋で茶菓の接待を受けながら、作業内容の説明を聞きました。次々と出される試供のお菓子、わけても絶品の「献上鶴の子」を堪能し、あとにしました。 「石村萬盛堂さん」、それに説明して頂いた「大和恵子さん」、本当に有難うございました。

天満宮の境内に入り、まず「お石トンネル」北側の紅葉を楽しみ、付近の「吉井勇」「富安風生」の歌碑の説明を受けました。今回は「梅が枝餅」の試食を「小山田茶屋さん」にお願いしました。天満宮ご用達のお店で、境内では格式トップランクと聞いています。 

それにしても「萬盛堂さん」に続くお菓子攻めでお客様も十分満足された事でしょう?  

小休止後、「荻原井泉水」「芭蕉」「河野静雲」「高浜年男」等などの歌碑に進みました。境内には文学に縁の深い「道真公」に因み和歌、俳句の記念碑が多々配置されており、歌碑のみでも一日ゆっくり楽しめるコースです。

最後に九州の苔寺と言われる「光明禅寺」で紅葉を楽しみました。 まだ「草紅葉」といったところですが、裏の「枯山水一滴海庭園」の静寂に、皆さん無言で見入っていたのが印象的でした。

終日好天に恵まれながらも、多くのお客様で細かい接待が行き届かなかったのを反省していますが、盛り沢山の中身で何とかご満足頂けたのでは・・・又スタッフ一同も充分楽しめた一日でした。

次回、11月27日(日)のお天気を祈りながら、皆さんとお別れしました。

[文責]ボランティアガイド 市川
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2011.10.25(火) 団体 古都の歴史遺産(水城跡~政庁跡)  

今日のお客様は元県庁にお勤めのOBの皆様20人、平均年齢は70歳代とか・・・、しかし見るからにお元気そうな面々で最高齢の方は90歳代とのこと。  
対する当方はお客様を2班に分ける為に全員で6名(江口・神吉・杉谷・富永・井土さん、それに市川)で応対しました。
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お天気を心配しましたが、気持ちの良い秋日和で定刻には全員「都府楼前駅」に集合。「共栄会」会長さんの挨拶のあと、今日の簡単なコースを説明、市川班・井土班に分かれ出発。

まず「関屋の道標と一の鳥居」から往時の「日田街道」を通り「刈萱の関」「宝満隠し」の史跡を経て、本日のハイライト「水城跡」に到着、663年の「白村江戦い」が大宰府成立の因であり、その防衛線が本土塁であるとの解説を行いました。 
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お客様は春日・筑紫野・大野城・太宰府にお住いの方でしたが、” こんな遺跡が身近にあったとは・・・” が殆どのかたの言葉でした。
あと「衣掛神社」「筑前国分寺跡」「御笠団印発掘地」そして最後の「政庁跡」に到着、ここの「正殿跡」に皆さん立ち、ぐるり四方を見回すだけでその立地条件の素晴らしさを感じて頂いたことでしょう。
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大宰府はこの政庁を中心に造られた人工の都市であり、その昔「遠の朝廷」としての隆盛はいかばかりだったか!、しかしその後は寂れ、昭和40年代になってから学会・自治体の努力(中でも当時、県庁教育委員会におられた藤井功氏等の功績を縷々説明・・・)でこの遺跡を残すことが出来た経緯を説明、最後は正殿跡で地中から噴き出していると言われる「霊気」を身体いっぱい吸収して頂き、お別れしました。 
最後になりましたが、「共栄会」幹事さん、本当にお疲れ様でした。
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[文責]ボランティアガイド 市川
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10月12日(水)

このコースは「里山をノンビリ歩く」をコンセプトに、筑紫野市市内に残る菅原道真公の伝承の地を訪ね、公が天に祈った天拝山を登る山歩きコースです。

当日は良い天気に恵まれ、西鉄朝倉街道駅前を定刻に出発し、「針摺り石」そして天拝山麓の「武蔵寺」「紫籐の滝」「御自作天満宮」とまわった後天拝山に登りました。天拝山では、中世の山城跡、山道脇の道真公御作の歌碑を巡って約1キロで山頂へ到着しました。下山道に入り途中飯盛城跡で食事をし、湯町を通り解散地のJR二日市駅へ。

世話役は私河辺が務め、ガイドは紫籐の滝、御自作天満宮を嘉村、中世の山城を小沼、歌碑を林の各氏が行い残りの部分を河辺が担当しました。また写真撮影及び集金等裏方の仕事は前田さんに担当してもらいました。

お客様は9人、そのうち女性が2人でした。年齢は60代がほとんどで70台が一人おられました。お客様の中には常に山歩きを楽しまれている方もおられ、ほとんど山を登っていない方とのギャップが少しありました。
本当に良い天気に恵まれ山頂からは水城や政庁跡、岩屋城そして遠くには博多湾が望まれ気持ち良い1日となりました。

[文責]ボランティアガイド:河辺
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10月14日(金)
「伊都国歴史博物館ボランティアガイド」の皆さまをご案内しました!!


 今日は「伊都国歴史博物館 ボランティアの会」のみなさまと「糸島ふるさとガイドの会」のみなさま計16名をご案内しました。
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 みなさん太宰府は初めてではなく、また古代史の熱心なフアンということと、コスモスの美しいこの季節を考えて、水城跡を西から東まで全体を歩くことを中心に、コースを組み立てました。
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その後、「筑前国分寺跡」から、「万葉の小径」をぬけて政庁跡まで、約7km。ウォーキングも兼ねた田園風景と飛鳥・奈良時代の歴史の色濃いコースです。

 心配していた雨が、出発少し前から降り始めましたが、みなさん元気な足取りで、質問もどんどんされます。
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1300年以上もその姿を残している、古代の人々の知恵がつまった水城跡を、じっくり歩いて、見て、感じていただきました。
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青空の下のコスモスの彩を楽しんでいただけなかったのは残念ですが、雨の中でも記念撮影はばっちり。

最後の太宰府展示館まで熱心に見学していただき、「伊都国の宝は、地中にある。大宰府の宝は地表にあって、ガイドしやすい」と言っておられたのが印象的でした。
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 雨の中のご参加本当にありがとうございました。「歩かんね太宰府」としても思い出に残る案内でした。
終了後、早速、レポートを送っていただきました。伊都国、糸島のみなさんに感謝。
  
私たちも、「伊都国」を再訪させていただきます。

ボランティアガイド:島松 記
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10月22日(土)
福岡市南区の三宅公民館、「男の居場所」という、粋なネーミングのサークルを、昨年につづいて、ご案内しました。
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前日は、終日かなりの雨でしたが、団体の幹事さんが「雨天決行」と決めていただいたので、天気予報にヤキモキすることもなく、朝を迎えました。
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 明け方に雨が上がり、定刻9:30前に全員集合、水城西門跡に。
1.2kmつづく水城の大部分で、満開のコスモスが迎えてくれました。
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今年は、背丈もほどよく、花つきもよい、と地元の方が話しています。毎年、種まきのタイミングが異なり、難しいそうです。

 古代の三宅と大宰府の関係なども話しながら、電車でわずか15分の距離にある田園風景と水城のスケールを感じていただきました。

 全員そろって健脚そうなので、水城の東門跡から、四王寺山の尾根を少し登って(筑前国分寺跡のある)国分に抜ける「歩かんね太宰府」おすすめのコースを歩きます。
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大宰府政庁跡では、解説ののち、気をいっぱいに吸い込んで、お土産としていただきました。
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お楽しみの打ち上げは、ご指定の天満宮小鳥居小路のお寿司屋さん。それまで雨は待ってくれました。

また、来年 別のコースでお待ちします。

ボランティアガイド:島松 記
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2011.10.20(木)
特別コース 万葉史跡を訪ねて


今回のお客様は奈良市内で「佐保山茶論」をひらくご夫妻2人。
市の紹介で「歩かんね太宰府」の存在を知り、万葉史跡を中心に案内願いたいとアプローチされた由。

当方、杢尾理事長と相談の結果、万葉関係なら「大宰府万葉会」を主宰する「松尾セイ子さん」と言う「切り札」を指名する事にして、彼女に本件依頼したところ、流石に「佐保山茶論のご夫妻」とは旧知の仲とかで快諾頂きました。

当日は長崎から入り、まず「政庁跡」、続いて「水城跡」「国分寺跡」「観世音寺・同宝蔵」「九州国立博物館」最後に「太宰府天満宮」を廻るという強硬スケジュールをこなし、無事新幹線博多駅から帰路につかれました。

察するに道中、奈良と太宰府の「万葉熱中人?」同士、特に旅人親子についての万葉談義では歌碑中心の太宰府散策だったでしょうが、大いに盛り上がったことでしょう。
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又「松尾さん」の案内よろしきを得て史跡「水城」の意味、「政庁」周辺の纏まりも身近に見て、納得された由。「水城跡」は普段は行かない「展望台」にも案内したのが良かったのかも・・・。
後日、 ”もう一度太宰府に行ってみたい!” とのメールを頂き、「松尾さん」は以下スタッフ一同感動したのは勿論のことでした。
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尚、「佐保山茶論」はインターネットにも出ていますが、「大伴家持」の邸宅が付近にあったと言われる奈良では有名な地域で、ご自宅の庭園を開放され、主に「万葉集」に関する催しを都度開催され、楽しんでおられる様子です。  
奈良に行かれた方は少し足を延ばして、同茶論で「お茶」でもされては如何ですか。 
その節は「佐保山さん!」、宜しくお願いしますヨ・・・。

ボランティアガイド:市川記 
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11月4日
「蓮華のともし火」点火 と 最澄銅像建立25周年記念大法要

皆さん竃門神社麓に「妙香庵奥の院」があるのをご存じですか?
今日ここで上記の法要が行なわれました。今日からは天台宗にとって大切な拠点になります。
「歩かんね太宰府」の皆さんとこの歴史的な法要に参加、以降のコース設定に加えたいと参加した次第です。
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 式典終了後、宝満山中腹にある「六所宝塔」にも参拝しました。
太宰府内山、竈門神社の麓に昭和62年に比叡山開創1200年を記念して高さ5.8m余りの堂々たる最澄上人の銅像が建立されました。

今日(11月4日)その銅像建立25周年記念と最澄の法火の引継ぎならびに毘沙門天の開眼法要が妙香庵奥の院に比叡山延暦寺の「半田孝淳座主猊下」をお迎えして厳かにとりおこなわれました。
最澄上人の銅像は中国を向いているそうです。最澄上人が唐で天台教学を学び、帰国するときに最初に到着したのは花鶴ヶ浜(古賀市)でした。最澄上人は布教の拠点を探すために持っていた独鈷と鏡を空に投げ、立花山でこの独鈷をさがした源四郎に法火と毘沙門天像を御礼として授けました。この源四郎の家は千年家として現在まで残り、国指定の重要文化財となっています。その法火も燃え続けています。
このたびこの最澄上人の持ち帰った法火「蓮華のともし火」が妙香庵に受け継がれる儀式が今日とりおこなわれたわけです。
最澄上人の銅像の前にステージが設けられ緋毛氈がしかれて、儀式は比叡山の座主、九州の天台宗のお坊さんならびに信者の方々大勢をお迎えして教義にのっとって厳かに行われました。
儀式のあと、最澄上人の法火を受け継ぐ庵主森妙香さんから力強い御礼のご挨拶がありました。

自分の人生をふりかってみると最澄上人を信じることが自分の人生を良い方へ良い方へ導いて下さったように思うということでした。

最後にグループごとに最澄上人の銅像とともに記念写真を撮ってお別れでした。勿論我々「歩かんね太宰府」グループもしっかり撮って頂きました。
宝満山と太陽に光輝く最澄上人の銅像を前に秋晴れのそよ風を感じながら晴天のなかで行われた法要は全身が洗われるすがすがしい一日でした。同時に1200年もの長い間絶えることなくともされ続けた法火がその昔天台宗の基盤であった太宰府に帰ってきた思いに、ふかい感慨を覚えました。

これから最澄上人の法火を永遠に燈し続ける法灯守「妙香庵」に幸多かれと全員で祈願した一日でした。

[文責] 前田米藏
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10月23日、前日の予報、早朝の天気とにらめっこしながら決行を決めたのですが、あいにくの雨となりました。私のガイドでは初の雨の中、太宰府市民の森を中心としたネイチャートレッキングを行いました。
参加者は大人の方7名、これまた初となる大人の方対象とした森歩きです。
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まずは森に入る前に集合場所となった政庁跡に生えているムクロジやナラガシワなどの木の実を拾い、出会う生き物たちの解説をしながらの散策です。
いよいよ森へというところでなんとアクシデント発生です。
秋の森がスズメバチ駆除のため封鎖されてしまう事態となりました。
今年は福岡県の身近なところでもスズメバチの被害がニュースになっています。
これはしかたがないので観世団地のほうから回りこみ、急遽進路変更で森に入りました。

紅葉にはまだちょっと早い森には、ツワブキ、ミズヒキ、ヤマハッカなどがひっそりと咲き、雨に濡れてとてもきれいでした。
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さすがに雨とあって昆虫との出会いは少なかったですが、毒がありそうで毒のない毛虫のフクラスズメ、強い匂いを出すキマダラカメムシそれから参加者の叫び声にびっくりしたヤマカガシや雨の大好きなカタツムリなどと出会うことが出来ました。
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雨のネイチャートレッキングも雨の好きないきものたちに出会うことができ、それはそれなりに楽しいひと時でした。ネイチャートレッキングは何と出合うか分からない楽しみがあります。
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また11/20にも予定されています。
ぜひガイド付きの森歩きご体験ください。
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ボランティアガイド;岩熊志保
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10月7日(金)

今秋より初めて取り入れたコースです。全国的に見れば天満宮本殿そのものがパワースポットですが、敢えて「天満宮周辺に的を絞り、普段はあまり訪れることの少ないところに焦点を当ててみました。
パワースポットという表現は清田益章氏(*)による和製英語である。英語圏で実際に用いられている例もあるが、日本の影響と思われる。

(*)清田益章:芸名 エスパー清田
 1970年代ユリ・ゲラーが評判に話題になった時に、全国的に見出された、いわゆる「超能力少年・少女」たちの一人。彼らのほとんどがトリックを暴かれるなどして姿を消していった中で、現在、何らかの形で(その機会はきわめて数少ないながらも)メディア出演等といった表舞台で活動していると言えるのは彼一人のみです。

まずのスポットは光明禅寺の隣接地です。通常はこのエリアでは藍染川の「梅壺侍従蘇生の碑」と伝衣塔を説明するエリアですが、それに加えて「御霊大明神」と「千八稲荷」を取り上げてみました。

〇御霊大明神
何時の時代からか、何様を祀るのか知る人もいないのに、馬場地区の人は「ごうれいどん」といって大切にお祀りしています。
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〇千八稲荷
伏見稲荷の祭神を、「稲荷勧請」によって分祠された神社。正式な由緒(時代、だれが、どうして)は不明。
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〇定遠館跡
天満宮の神職であり衆議院議員であった小野隆助が日清戦争で沈没した清国北洋艦隊の旗艦「定遠」を 大本営から許可を得て引き揚げ、艦材にて作った記念館跡。下写真は「定遠」のオールを利用した床下の梁
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〇大国神社
日本神話の神様「大国主命」と外国の仏様「大黒天」が合祀され、現在我々に親しみ深い「ダイコク様」として祀られている神社。五穀豊穣・災難除け・商売繁栄の神として信仰されています。
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〇太郎左近社
「たろしゃくさま」と呼ばれ、病気平癒の神様として親しまれています。古図によれば天満宮参道の近くにあり、室町以降この地に移されました。奉納されている手形などで患部を撫でお参りをします。
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〇石穴神社
地元の人に「石穴さま」として親しまれている稲荷神社です。菅原道真公に縁ある伝説も伝わっています。奥の院にはもう一柱の「石穴さま」もいらっしゃるとか・・
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〇如水の井戸
筑前五十二万石初代藩主黒田長政の父、黒田孝高(如水)は、福岡城築城の間(3年間)天満宮境内に仮屋を造り隠棲していました。その時使用していた井戸。
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〇相輪橖
天台宗の大寺であった安楽寺の唯一の現存物。寺院の塔の屋上にある相輪の部分を地上に立てて塔の代用にしたもの。
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〇本殿東側 摂社・末社群
本殿東側の上段には10の摂社・末社が祀られています。天満宮近くにお住いの古老の方のお話では、子供のころの遊び場だったということです。
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〇誠の滝
10m程の高さから二段になって落ちる人工の滝。天神さまの「誠」にかけて命名されました。
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〇天開稲荷
鎌倉時代末期に京都伏見稲荷大社からの御分霊を宮司邸の邸内社として勧請し、その後現在の地に遷されました。九州では最も歴史ある稲荷神社の一つです。神社の裏手には「奥ノ院」も鎮座しております。
馬場宮司にもお話をうかがう事ができました。
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〇お石茶屋
大正~昭和初め、お石茶屋の江崎イシは美人でかつ男勝りのきっぷで評判となり「お石しゃん」と親しまれ、地元のみならず、多くの有名人がこの茶屋を訪れました。
私たちもしばらく休息し梅ケ枝餅をいただきました。美味しかったです。
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〇お石トンネル
お石しゃんが遠回りをせずに、自宅から茶店に通えるようにとの心遣いで、筑豊の石炭王麻生太吉がプレゼントしたといわれる。
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〇野見宿祢公碑
『日本書紀』に登場する相撲の神様。菅原道真公の祖先。宮中に仕え天皇の葬儀を司る。殉死にかえて初めて埴輪を採用した人ともいわれています。
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〇本殿裏(北側)摂社群
太宰府天満宮の本殿のすぐ裏手に、菅原道真公の子息四人をお祀りしてあります。
道真公恩師、島田忠臣公を祀る福部社もあります。この島田忠臣公の娘が道真公の奥さん 宣来子(のぶきこ)です。
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〇神馬・白梅号
神々の乗用に供するために神社に奉納された馬。特に白馬の背には神が宿るといわれ、白馬が奉納されることが多いようです。今回は別の場所でお休みの様で不在でした。
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今回実施したアンケートには
 めったに行かないところへ訪問できた喜びや、新しいコースを広げたことに対するお礼などが多く寄せられており、企画した我々一同も胸をなでおろしております。

[ボランティアガイド]上園、神吉、嘉村、高
[文責]石橋

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