カテゴリ:九州古代史の会( 1 )


3月21日(日)

春のシーズン初めてのコース歩きでお客様は25名、
当方島松理事長以下、冨永さん、最上さん、富田さん、それに市川、の5名が「大宰府政庁跡」でお迎えました。 

今日のお客様は「九州古代史の会」の面々、古代史には夫々一家言もつエキスパート揃い。  
同会の要望を受け、今回は政庁西側「蔵司」と通古賀の「王城神社」を特別コースとして企画しました。

「九州古代史の会」は創立22年の歴史を持ち、会員数100名を超える「九州王朝説」に立つ全国組織の会です。   
従って、解説もプロの方、「蔵司」は九歴(学芸調査室長)の「小田さん」に、「王城神社」は神社総代の「陶山(スヤマ)さん」にお願いしました。

今日はやや肌寒いものの昨日とは打って変わった好天に恵まれ、気持ちの良い空気の中で島松さんの挨拶でスタートしました。

「蔵司」の現場には既に「小田さん」が待っておられ、大型建物跡の礎石から解説が始まりました。
実は「蔵司」の現説は九歴スタッフにより、作秋実施されていましたが、今回は発掘責任者による解説であり、約1時間かけて現場全域を回り、道中の「質疑」にも都度対応頂き、途中ジョークも交えながらも、余裕ある解説に、一同耳を傾けていたのが印象的でした。

解説の中で、この建物は「倉庫」なのか「事務所」なのか?、また「政庁正殿」を見下ろす位置にあり、且つ礎石から推定される建物規模が「正殿」より大きいのは何故か?  
聞けば聞くほど数々の素朴な「疑問」が次々と生まれてくるのが感想でした。 
 
その様な疑問を解決して頂く為にも、「小田さん」はじめ「九歴」皆さんの今後の調査に大きな成果を期待して、「蔵司」を後にしました。

さて次は政庁跡から約1キロ南にある「王城神社」。 
その昔「朱雀大路」と考えられた街路を歩き、途中道真公の配所と言われる「榎社」を経由して「王城神社」へ向かいました。  

「神社」では既に「陶山さん」が我々を待っておられ、まずは境内・本殿から説明を受けました。
「陶山さん」・当方ともに「ご高齢?」で、寒さが身にしむお年頃、しかし流石「陶山さん!」、隣の「扇会館」を解放して下さり、更に室内を暖房して下さっていました。 

その気遣いに、一同解説の内容もさることながら、まずは「陶山さん」のお人柄に感服し、感謝感謝。

「陶山さん」のお話では、当神社に伝わる縁起は神話時代に遡り、神武天皇東征時に事代主命他を四王寺山に祭り、東夷平定を祈ったのが始まりで、その後天智天皇の頃に現在地に移し、王城大明神と崇め奉り、現在に至っている由。  

それにしてもこの縁起は色々の疑問を提起しています。 
「神武天皇と出雲の神と言われていた事代主命の足跡が太宰府にある!」、何故だろう。  

出雲神話の原郷は北部九州だったのでは!等など、古代史メンバーの間に、数々の疑問を提供してくれた「王城神社縁起」でした。

帰路、「飛び梅原木」が近くにあり、その伝承を実地にたのしみながら、今日の「太宰府探訪」を終わりました。  
最後に、「小田さん」「陶山さん」、本当に有難うございました。

(ボランティアガイド 市川 記)
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