コースNo.7 太宰府の隠れた伝説と伝承を尋ねて 東地区

コースNo.7 太宰府の隠れた伝説と伝承を尋ねて 東地区



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太宰府市の政庁跡より東地区にある路端の祠や石碑などに残されている伝説・伝承を聞きながら歩きました。
コースは、西鉄太宰府駅に9:00に集合し、参道から三条まで岩踏川沿いに歩き、帰りは天満宮の西側沿いに歩きながら光明禅寺隣りの伝衣塔に向かい、それからどんかん道を通って五条、隈麿公奥都城を通って冨永朝堂アトリエに向かう4時間5Kmのコースです。

天満宮参道は明治維新で桜馬場に土産物屋が立ち並び始めてから栄えています。延寿王院に五卿が滞在しておられるころの宿屋の位置を特定し、幕末末期の状況を思い浮かべました。





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まず小鳥居小路を北へ向かい、「家内安泰と商売繁盛」を願い、恵比寿さんにお参りしました。この恵比寿さんは太宰府でも古い恵比寿さんで、12月3日に行われる「えびす七とこまいり」の行事がここをセンターにして行われています。





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岩踏川に出てここ岩踏橋で藤原為頼が歌を詠んだいきさつやここら辺りの景色が当時は非常にきれいで『太宰府二十四詠』にも記載されている場所でした。川沿いに上流へ向かい「夜泣き地蔵」にお参りし、高砂橋の側の「三浦潮井碑」を尋ねました。ここで昔の人々の天満宮へのお参りの仕方の尊敬さを味わいました。ここに井関の跡があり、ここで川水をとり小鳥居小路の溝に供給していました。川向こうに「双葉養老院」がありますが昔ここに双葉山が建てた「相撲道場」がありました。
県道を天満宮の方へ戻り、路端の人家の中に「真寂坊」の燈篭を確認し、「安行社」に向かいました。「安行社」の東側の細道沿いにある一つの石に裏表を利用して「庚申塔」と「猿田彦」が刻まれた太宰府にはめずらしい「庚申塔・猿田彦碑」を確認しました。そのまま裏通りを「恵比寿碑」を探しながら光明禅寺の西側の伝衣塔へ向かいました。こうして捜しながら歩くと天満宮周辺には多くの「恵比寿碑」が建てられていることがあらためてわかります。参道にある「甘木屋」と光明禅寺の塀の「太宰府市歴史的風致形成建造物」を見ながら歩き、となりの「伝衣塔」に向かいます。





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「伝衣塔」に付いた苔を観ながら道真公が一夜にして禅を会得し紫の衣をもらってきたこと、鉄牛円心和尚がその衣をここに埋めたことなどの伝説、さらにとなりにある「梅壺侍従蘇生碑」の伝承を尋ねると光明禅寺の楽しみ方も奥行きが出てきます。
ここから高橋紹運の菩提寺である「西正寺」にお参りした後、新町の町並みを歩きながら路端の五条一丁目にある石造品、「井上哲次郎碑」、中村酒屋跡、中村徳山の「都成塾」の跡、「神牛塚碑」、「宝満宮石神」など古の伝承物を楽しみました。





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「金掛けの梅」では説明を井上さんに替わり彼女の丁寧な古川家に伝わる伝承を聞きました。「どんかん道」を通り「血方持観音」にお参りし、「清明の井戸」を尋ねました。太宰府市指定の天然記念物である榎の大木がこのたびの台風で折れ、大分小さな大木になっていました。「隈麿公奥都城」にお参りし、隈麿公と道真公の寂しさを思いやりました。伝説の残る幸橋跡を確認しながら「冨永朝堂アトリエ」に向かい、アトリエでは彫刻家の天才的な指使いに観とれていました。とくにイワシの作品は本物よりイワシらしい。彫刻家として生きていくことの難しさ、心構えなどを味わいながら朝堂がどんなに太宰府を愛していたかを実感することでした。
まほろばの豊かな景色を観歩きながら筑紫の暖かいそよ風に吹かれリラックスした4時間ちょうどの短い旅でした。
お客さんは3名で「歩かんね」からはスタッフ4名が参加しました。

[ボランティアガイド 前田]
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